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歴史

【赤坂 第8回】東京オリンピックと行灯ビル

昭和39年(1964)の東京オリンピック開催に伴う道路拡張工事に合わせ、表町店は、斜向かいにあたる現在の赤坂店の場所へ移転することになりました。16代・光朝(みつとも・1918-90)は、歴史の重さを感じさせながらも新たな時代に適した建物をと考え、伝統と近代性の融合を基本コンセプトとし、「行灯(あんどん)」をモチーフとしたビルを新築しました。新幹線の開業、高速道路の建設など、日本が力強く発展を続けていた時代に誕生した、地上9階建ての虎屋ビルは、周囲にまだ高い建物が少なかったこともあり、遠くからでも目立ったようです。
1階に店舗と数席の喫茶があり、羊羹や生菓子を提供していました。その後の昭和63年(1988)に店舗リニューアルを行なった際、喫茶は新たに地下にオープンしました。なお、とらやでは喫茶のことを 「菓寮(かりょう)」と呼んでいますが、この言葉は「菓子を中心とした茶寮を」という光朝の考えに基づく造語です。お客様に和菓子のすばらしさと日本の伝統文化の奥深さを伝えていきたい、という想いは、当時から現在に至るまで変わることはありません。

画像:東京オリンピック時、店先を走る聖火ランナーの様子