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歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。
※ お菓子の画像はイメージです。お問い合わせは菓子資料室 虎屋文庫までお願いいたします。

2015.12.16

斎藤松洲と「目食帖」

「目食帖」 東京都江戸東京博物館蔵

「目」で味わう

いただき物の食品を日々絵で記録した、「目食帖(もくしきじょう)」という写生帖があります。明治42年(1909)から昭和9年(1934)までの25年間にわたって描かれており、65冊に及ぶ冊子のどの頁も、食品のスケッチでびっしりと埋められています。果物や野菜、干物、漬物、そして当時も贈り物の定番であった菓子の数々が、墨と淡い色彩によって描かれ、その名の通り「目」で贈答品を味わうことができる楽しい帳面です。
描いたのは日本画家の斎藤松洲(さいとうしょうしゅう・1870~1934)、明治の終わりから昭和の初めにかけて本の装丁家や挿絵家として活躍した人物です。しかしながら現在目にすることができる画集は大正5年(1916)刊行の『仰山閣画譜(ぎょうざんかくがふ)』のみとなっており、作品についても人物に関しても、あまり資料は残っていません。筆遣いの変化や交友範囲の広さがうかがえる「目食帖」は、そういった意味でも貴重な資料といえるでしょう。

松洲と虎屋の菓子

描き写された食品の中には、虎屋の包装紙に包まれたものや、木箱に入った『夜の梅』『おもかげ』なども見られます。また、杜若(かきつばた)をかたどった菓子と、菊花紋を中心に置いた長方形の菓子がセットで描かれた頁があり、こちらもそれぞれ虎屋の『三河の沢(みかわのさわ)』(三河は現在の愛知県)と『九重(ここのえ)』だと思われます。「明治四十四年五月十三日」の日付、送り主の名前(「佐藤忠蔵氏」か)とともに「両陛下ニ拝謁之節下賜 佐藤氏より分與を受く」と書き添えられおり、「佐藤氏」が明治天皇皇后両陛下より賜った菓子のお裾分けだったようです。
全部で1万点あまり、平均すると1ヶ月に約30点という驚くべき量のいただき物ですが、ほとんど人に分けることはなかったという松洲。虎屋の菓子も、丹念に見て描いた後は、自身の口へと入れたのではと想像されます。全国各地のさまざまな菓子に通じていたであろう松洲の、目だけでなく、舌で味わった感想も聞いてみたいものです。

※「目食帖」は江戸東京博物館HP(http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/)の収蔵品検索で全頁の画像をご覧いただけます。

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

参考文献:

斎鹿逸郎編『目食帖』学生社 1990年

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