メニュー
歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。
※ お菓子の画像はイメージです。お問い合わせは菓子資料室 虎屋文庫までお願いいたします。

2008.09.16

前川千帆と「偲糖帖」

「偲糖帖」より

京都生まれの版画作家

前川千帆(まえかわせんぱん・1888~1960)は、新聞の連載漫画で活躍した京都生まれの版画家です。上京後、読売新聞に入社し漫画を描く一方で、日本創作版画協会の会員として日展や文展にも出品しました。昭和20年から35年の死去まで『閑中閑本(かんちゅうかんぽん)』(全27冊)と題した彩色木版・折帖仕立のシリーズを刊行。その第1冊目が「偲糖帖(しとうちょう)」です。

物資不足の中・・・

序文は「昭和20年 早春」となっており、時代は太平洋戦争末期。人が集まれば砂糖の闇相場ばかりが話題に上り、「徒(いたず)らにありし日の甘美を讃ふるのみ」で、狐にだまされ馬糞を牡丹餅だと思って食ったという昔話の男さえ「むしろ羨んで然るべし」といった有様でした。書名の「偲糖」とは耳慣れない言葉ですが、「華かなりし頃のもろもろの糖分を偲んで僅(わずか)に慰(なぐさ)む」との心から、思いつくままに菓子の名前が並べられています。昔ながらの肉桂糖、落雁、あめ、おこし、羊羹から洋菓子のプリンやビスケット、チョコレートに至るまで、その数は実に376個に及びます。千帆自身、その種類の多さに呆れながらも「現在の糖分要求の慾望さへ忘るるの錯覚」を起こしたとのことです。

消え行くものへの慈しみ

しかし、これは単なる食いしん坊の本ではありません。「この盛代の糖 汎濫かへり来る日ありや如何 既にして現代人の嗜好の外にあるものあり 落伍(らくご)久しきものあり 幸ひ復興再来の日を待つと雖(いえど)も直(ただ)ちに旧の盛況は期すべからず 即 列記して文献となす」との一文からは、消え行く菓子を自らの手で書き残そうとする気概と深い愛情が伝わってきます。1つ1つ手で彫られた不揃いの文字には活字にはないぬくもりがあり、添えられた素朴な絵はどれも本当においしそうです。限定200部で発行された「偲糖帖」を手にした人々は、千帆同様、ほんの一時でも戦時中の空腹を忘れ、菓子の味を思い起こして頬を緩めたのではないでしょうか。

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

虎屋のウェブサイト上に掲載しております内容(上記「歴史上の人物と和菓子」内の文章を含みます)に関する著作権その他の権利は虎屋が有しており、無断に複製等行いますと著作権法違反等になります。当ウェブサイトに関する著作権等については、以下のページをご覧下さい。

著作権について


トップへ戻る