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虎屋文庫資料展
和菓子の魅力を多彩な切り口でご紹介する展示会です。
最大の特色は、必ず手作りの和菓子を展示すること。小さいながらもユニークな展示です。
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展示開催期間:
2010.07.23~2010.09.20

第73回 夏の特別企画「和菓子の歴史」展

この展示は終了しました。

羊羹は羊のスープだった? 金平糖はポルトガルのお菓子だった? 現在おなじみの和菓子には、意外な起源がありました。今回は、夏の特別企画として、古代から現代にいたる和菓子の歴史をご紹介いたします。

「菓子」は本来、木の実や果物を指す言葉で、餅や団子なども
同類と見なされました。これら日本古来の食べ物に外来の食べ物が影響を与え、和菓子は今日見るような形に変化していきます。

外国からやってきた菓子

飛鳥~平安時代、遣唐使などにより、「唐菓子(とうがし)」が中国から伝えられました。また鎌倉~室町時代には、禅僧などによって中国から饅頭や羊羹が、戦国~江戸時代初期にはポルトガル・スペイン人によってカステラや金平糖などがもたらされました。和菓子発展に影響を与えたこれらの菓子を復元するほか、京都・東福寺の開祖聖一国師(しょういちこくし)が、博多の茶店の主人に饅頭の製法を伝えた際に書き与えたとされる「御饅頭所看板(おまんじゅうどころかんばん)」なども展示します。

京都で花開いた雅な和菓子

和菓子が大成したのは鎖国(さこく)下の江戸時代、元禄期(1688~1704)のことといわれます。砂糖の流通量の増加や茶の湯の隆盛などを受け、京都で高価な白砂糖を使った美しい意匠と優雅な菓銘の「上菓子(じょうがし)」が生まれました。虎屋の菓子絵図帳(現在の商品カタログにあたる)、元禄8年(1695)〈御菓子之畫圖(おかしのえず)〉から菓子を再現するほか、宮中や大名からの注文によって作られた豪華な菓子なども展示します。

買ったり、贈ったり~庶民の楽しみ方~

江戸時代、隅田川名物の桜餅や目黒不動尊の三官飴(さんがんあめ)など、行楽地や寺社の門前で売られた菓子は、広く人々に親しまれました。また端午(たんご)の節句に柏餅、彼岸には牡丹餅(ぼたもち)を近親者に配るという風習も定着しました。さまざまな場面で庶民が楽しんだ菓子をご紹介します。

和と洋のコラボレーション

明治時代、たくさんの洋菓子がヨーロッパから日本にもたらされます。その影響を受け、あんぱんほか、カステラで餡や羊羹をはさんだシベリアなど折衷菓子(せっちゅうがし)が生まれました。なかには、当時高級果物だったバナナをかたどったものも……。

厳しい時代を乗り越えて現代に生き続ける和菓子

戦時下、砂糖や小豆などの原材料の入手が厳しく制限されます。人々はどのように和菓子を作り、食べていたのでしょうか。少ない配給物資で作った代用食、兵士に配られた携帯用の羊羹など、戦時期の和菓子をご覧いただきます。また、戦後から現在にかけては、いちご大福のような自由な発想のものが生まれたり、植物性原材料の和菓子が海外で人気を呼ぶなど、新たな展開が見られます。

※羊羹変身譚
羊羹は、発祥の地中国では、羊の肉を入れたとろみのある汁物でした。しかし、鎌倉~室町時代に羊羹を伝えた禅僧は肉食を禁じられていたため、小豆などを使って見立て料理にしました。その後、見立て料理は蒸羊羹に、さらに江戸時代後期には、寒天を使用した煉羊羹が作られるようになりました。知られざる羊羹の変身譚をご紹介します。

展示品:

縄文クッキーや唐菓子など、菓子の復元約20点、上菓子や折衷菓子ほか約50点。看板、古文書など約40点。


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