歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。

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2021.01.19

戸板康二と残月

とらやの「残月」

歌舞伎評論から推理小説まで

戸板康二(といたやすじ・191593)は、日本の演劇・歌舞伎評論はもとより、脚本や小説も手掛けた多才な人物です。東京市芝三田四国町(現東京都港区芝)にて、山口三郎の長男として生まれましたが、幼少のころに母方の祖母(戸板学園創立者・戸板関子)の養子となり戸板姓となりました。代表作は評論の『丸本歌舞伎』『歌舞伎への招待』や随筆『劇場の椅子』。推理小説を書くようになったのは江戸川乱歩にすすめられてのことで、架空の歌舞伎役者が探偵となり活躍する中村雅楽シリーズは人気を博し、『団十郎切腹事件』で直木賞を受賞しています。

随筆「菓子の名前」

著作の中に、「菓子の名前」という随筆があります。冒頭はシュークリームの由来ですが、主に、和菓子の名前について語っています。「歌や詩に使われるような、気どった、あるいは古典文学にあらわれる季語にもとづく命名、時には歌枕(うたまくら)を名称にしたりする。」とあるほか、「全国名菓展といった催しをデパートで見ると、「うすら氷(ひ)」とか、「月の雫(しずく)」とか、「残月」とか、「長生殿」とか、「玉すだれ」とか、邦楽の曲名のようなのが多い。」と書いています。

戸板は「邦楽の曲名のような」と述べていますが、興味深いことに、筝曲には「残月」という曲名が実際にあります。

 

菓子と箏曲の「残月」

菓子の「残月」は、虎屋の代表的な焼菓子です。明け方まで空にうっすらと残っている月を表現したもので、職人が一つ一つ刷毛でひく擂り蜜は、月に掛かる薄雲を思わせます。

一方、筝曲「残月」は、峰崎勾当(みねざきこうとう)作曲。門人の娘が夭逝したことを悼み娘を月にたとえて作った追悼曲です。緩やかなテンポの序盤は、松に隠れていた月が沖に消える情景を表現しています。そして、終盤「月の都に住むやらん 今はつてだに朧夜の 月日ばかりは巡り来て」という歌詞に、技巧をこらした調べから繋がる厳かで静かな曲がとけあっています。終盤に入る間奏(手事)は、引き込まれるような旋律で、勾当作品の秀逸作とされる所以です。

菓銘の持つ文学性と邦楽を結び付けたのは、和菓子好きであり、古典芸能に造詣が深い戸板ならではの視点です。菓子を味わいながら邦楽を聞く、そんな楽しみ方を戸板自身もしていたことでしょう。

※江戸時代後期に大坂で活動した盲目の地歌三味線演奏家、作曲家。生没年不詳

※この連載を元にした書籍 『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

参考文献:

戸板康二「菓子の名前」(『目の前の彼女』三月書房 1982年)    

杉 昌郎『文研の芸能鑑賞シリーズ 邦楽入門』文研出版 1977

 

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