歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。

※ お菓子の画像はイメージです。お問い合わせは菓子資料室 虎屋文庫までお願いいたします。

2020.11.10

新美南吉と羊羹

参考:とらやの栗蒸羊羹

教科書でもおなじみの童話作家

『ごんぎつね』『手袋を買いに』など、動物と自然に寄り添った美しい作品で知られる童話作家の新美南吉(にいみなんきち・1913~43)。現在の愛知県半田市に生まれ、結核のため、わずか29歳で亡くなりましたが、彼の作品は時代を超えて人々に愛されてきました。

「私の一番すきな物」

南吉の小学校3~4年生のときの綴り方(作文)帳が残っています。「私の一番すきな物」と題し、1~42まで番号を振って食べ物の名前を書き連ねているのですが、5に羊羹、9饅頭、28煉羊羹、29水羊羹、33あんまき、34西洋菓子、36お茶菓子ほか、甘いものがさまざま見えます。煉羊羹、水羊羹が別にあるので、5の羊羹は蒸羊羹のことでしょう。先生からのコメントでしょうか、欄外には「すきな物がずいぶん多いね」と書かれていて、好物をあれこれと思い浮かべながらせっせと鉛筆を走らせる南吉少年の姿が目に浮かび、ほほえましくなります。ちなみに、同じ帳面の少し後ろにも「私の一ばんすきな物」と題して「すいくわ(西瓜) まんじゆう ようかん」とあるので、これがベスト3なのかもしれません。こうして見ると、羊羹はとくに思い入れのある菓子だったようです。

菓子を買って帰る 

南吉は東京外国語学校(現・東京外国語大学)を優秀な成績で卒業したものの、体を悪くして郷里に戻り、昭和12年(1937)秋から地元の飼料会社で働くことになりました。慣れない仕事や寄宿舎での集団生活ということもあって、当時の日記には日々の不満や将来の不安などが目立ちますが、菓子に関する楽しそうな一コマも。
12月11日、実家に立ち寄って「甘いものがあつたら」と言うと、大きな葬式饅頭とおこしを持たせてくれたとあります。また、14日のこととして、今住んでいる成岩町(半田市)は「菓子屋の多い古い町」で、昨日は蒸羊羹1本と外郎(ういろう)を2つ、今日は「少し大きな近代的な店」で栗羊羹2本と1つ1銭のカステラを10買ったと記しています。一人分のおやつとしてはかなりの量で、甘党の日常が垣間見えます。「菓子をポケツトに入れて帰る楽しさは子供の時から大して変らない楽しさである」と結んでおり、南吉は単に菓子を食べることが好きなだけなく、いつ食べようか、お茶はどうしようか、と思いを巡らせる、家までの時間をも大切にするような、根っからの菓子好きだったといえるでしょう。

※この連載を元にした書籍 『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

参考文献:

『新美南吉全集』10,11 大日本図書 1983年

虎屋のウェブサイト上に掲載しております内容(上記「歴史上の人物と和菓子」内の文章を含みます)に関する著作権その他の権利は虎屋が有しており、無断に複製等行いますと著作権法違反等になります。当ウェブサイトに関する著作権等については、以下のページをご覧下さい。

著作権について