歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。

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2020.01.16

三代目尾上菊五郎と菊の餅

「松の隠居」屋敷の菊五郎(右)。座敷の奥には盆栽が並べられている。国立国会図書館蔵

絶世の美男役者

江戸時代後期の歌舞伎役者として、七代目市川団十郎・五代目岩井半四郎・五代目松本幸四郎と並び人気を集めた三代目尾上菊五郎(おのえきくごろう・1784~1849・俳名梅幸、のちに梅寿)。江戸の建具屋の子として生まれましたが、尾上松緑の養子となって舞台を踏み、文化12年(1815)菊五郎を襲名しました。美男で知られ、万能の役者と言われた菊五郎は、植木屋松五郎を名乗るほどの大の植物好き。向島(墨田区)の「松の隠居」という植木屋を買取って別荘とし、自らも同名で植木屋の商売もしていたようです。
そんな菊五郎はあろうことか、64歳だった弘化4年(1847)、突然引退して「菊屋万平」として餅屋をはじめたのです。

菊と梅の菓子

猿若町三丁目にあった菊屋で商った餅菓子の名前として伝わるのは、菊の葉餅・菊柏餅・室の梅・紅梅しんこ・初音饅頭・宿の梅。「菊の葉餅」は、葛餅を二枚の菊の葉で挟んだものと伝わります。「室の梅」とは室(むろ・温室)に入れて早く咲かせた梅のこと。携帯型の室と一緒に描かれた錦絵が何枚も残る、菊五郎らしい菓銘です。「紅梅しんこ」は梅をかたどった新粉餅(団子)でしょうか、初音はもちろん、梅に付き物の鶯を意味します。このほか菊寿餅や菊の草餅という記録もあり、主人の名前にちなんだ、菊と梅にゆかりの菓銘ばかりですね。当時の引き札(チラシ)によれば、汁粉や雑煮もありました。
庭には珍しい鉢植えの数々が並べられ、座敷では唐子の人形が茶を運びました。これは客が茶碗を取ると自動で引き返すという、ゼンマイ仕掛のからくり人形。餅も人形が運んだそうです。かつて鹿の子餅を商った役者の嵐音八の店にも、ゼンマイ仕掛の人形が置かれていたといいますので(『寬天見聞記』)、江戸時代はこうした趣向が好まれていたのかもしれません。
菊五郎は庭の手入れをしたり、客にお愛想を言ったりしてはみたものの、すぐに嫌になってしまい、わずか数か月で店を閉めると、大川橋蔵と改名して大坂で舞台に復帰したそうです。園芸三昧の暮らしにあこがれたのかもしれませんが、やはりそれでは飽き足らなかったのでしょう。それにしても、なぜ餅屋を選んだのか…、実は本人が餅好きだった、ということはないでしょうか?

菊の菓子(イメージ)「(題簽)御蒸菓子繪形」(部分)  都立中央図書館特別文庫室所蔵

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

参考文献:

『三代目尾上菊五郎改メ、植木屋松五郎!? -千両役者は盆栽狂』さいたま市大宮盆栽美術館、2017年
『歌舞伎』(1900年7月)

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