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歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。

※ お菓子の画像はイメージです。お問い合わせは菓子資料室 虎屋文庫までお願いいたします。

2019.01.25

岸田劉生が描いた麗子と菓子

「文字戯」 大正11年4月22日
(『劉生日記』3巻 岩波書店 1984年より)

大正画壇の偉才

新聞記者のさきがけで、事業家としても知られた岸田吟香(きしだぎんこう)の子として東京銀座に生まれた岸田劉生(きしだりゅうせい・1891~1929)。黒田清輝(くろだせいき)が主宰する白馬会の研究所で洋画を学び、大正期を中心に画壇で活躍しました。文芸・美術雑誌『白樺』を愛読し、白樺派の作家・武者小路実篤らと親交を結んだことでも知られています。

日記に見る麗子と菓子

劉生といえば、独特の画風で描かれた「麗子像」がまず思い浮ぶことでしょう。彼はこの一人娘を大変可愛がり、4、5歳の頃から肖像画をくり返し制作しました。長時間、同じ姿勢をとる絵のモデルは楽ではありませんが、麗子は父の仕事を理解し、劉生は日記のなかで「本当によくモデルして感心な子だ。有難い事に思ふ」とねぎらっています。そして画業を離れると、風邪をひいた娘をひたすら心配したり、授業参観に出かけ、その成長に目を細めたり、子煩悩ぶりを発揮しています。
日記に添えたスケッチにも、しばしば麗子を登場させました。たとえば冒頭の絵。劉生と友人が火鉢にフライパンを載せて文字焼(鉄板の上で小麦粉などを溶いた生地で字や絵を書き焼き上げるもの)を楽しんでいる場面ですが、側に座って出来上がりを見守っているのが麗子です。絵のプロとしてどのような絵や模様を焼いたのか気になります。
下の絵には、劉生がお土産に買ってきた「只しんこ(ただ新粉)」を持つ姿が描かれています。ただ新粉とは、片木板(へぎいた)に色付きの新粉(米の粉)生地を並べたもので、粘土のように遊びました。絵を見ると、子どもが両手で持つような大きさだったようです。劉生は「例によつて」指をこしらえて友人を驚かせたと自慢げに日記に書いており、親子で仲良く遊ぶ姿が目に浮かびます。
このほか、「御節句の御菓子を麗子のよろこんでたべる図」と題した、丸い菓子を盛った鉢を抱えた姿の絵もあります(大正11年3月3日)。劉生は甘党なので一緒に味わったことでしょう。甘いものを前にどんな会話を交わしたのか、ほほえみを浮かべる「麗子像」に尋ねてみたくなります。

左:「麗子只しんこをもらひ大喜び之図也」
右下:「只しんこの図」 奥の山脈状のものが白、手前の6つの塊が色付きの新粉生地
大正13年6月22日
(『劉生日記』5巻 岩波書店 1984年より)

※この連載を元にした書籍 『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1,944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

参考文献:

『劉生日記』1~5巻 岩波書店 1984

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