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歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。

※ お菓子の画像はイメージです。お問い合わせは菓子資料室 虎屋文庫までお願いいたします。

2018.10.17

河上肇と饅頭

太鼓饅頭

菓子に恵まれた幼少期

明治から昭和にかけ、経済学者、思想家として活躍した河上肇(かわかみはじめ・1879~1946)。京都帝国大学で長年教授を務め、経済学の研究に従事しましたが、昭和7年(1932)共産党に入党、検挙されて4年間獄中生活を送るなど、波乱の生涯を送った人物といえます。面白いのは幼少期のエピソードで、彼を溺愛する祖母は、河上が卑しい人間にならないようにと、這い始める頃から菓子を与えて好きに食べさせていたとか。また、父親が村長を務めていたため、菓子折が贈られることも多かったらしく、比較的菓子に恵まれた環境で育ったようです。

饅頭への切実な想い

そんな河上にとって、戦中戦後の甘い物を食べられない時代はひどくこたえたのでしょう。終戦後の昭和20年(1945)10月、母親宛ての手紙で、「饅頭を食べたくて仕様がないのです。しかし当分食べられさうにもないので、仕方なしに話をしてまぎらす訳です」と訴え、饅頭の思い出を綴っています。まず挙げているのは、郷里・岩国(山口県)の「焼饅頭」。中は黒砂糖を使ったつぶし餡、皮は小麦粉生地で、鉄製の焼き型に並んだ円形のくぼみに生地を流し、餡をのせ、さらに生地をのせ、ふたで覆って炭火で焼いて作っていたとのこと。もみじ饅頭や鯛焼を円形にしたようなものだったという地元の菓子店の方の話もあり、言われてみれば、鯛焼などの作り方を彷彿とさせるところがあります。くぼみには桔梗や菊、梅の花のほか、岩国の名橋・錦帯橋(きんたいきょう)の絵などが彫ってあったといい、地域色が見えるのも興味を引かれるところです。このほか、母親に買ってもらい、タンスにしまって好きな時に「ちびりちびり食べて」いたという「太鼓饅頭」(大判焼きのこと)も忘れられないと語っています。いずれも素朴な饅頭ですが、甘い物食べたさと、ふるさとへの愛着とがあいまって、特別ななつかしさを感じていたようです。
なお、手紙の最後には、以下の3首を含む、12首もの饅頭の歌が記されています。切実に饅頭を欲する気持ちが伝わってきますが、この4ヶ月ほど後に京都市の自宅で衰弱し亡くなっているので、恐らく願いが叶うことはなかったでしょう。思う存分食べさせてあげたかったと思わずにいられません。

大きなる饅頭蒸してほゝばりて茶をのむ時もやがて来るらん(終戦後8月15日作)
何よりも今たべたしと思ふもの饅頭いが餅アンパンお萩(9月8日作)
死ぬる日と饅頭らくに買へる日と二ついづれか先きに来るらむ(同上)

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

参考文献:

『河上肇著作集』第6巻、第9巻 筑摩書房 1964年

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