歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。
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2017.11.16

泉鏡花と栗きんとん

耽美派の作家

明治時代から戦前にかけて活躍した金沢出身の小説家、泉鏡花(いずみきょうか・1873~1939)といえば、『高野聖』『天守物語』などの独自の美的世界に基づいた幻想的な作品がいまなお人気です。流行作家として活躍していた尾崎紅葉の作品に感銘を受け、十代で上京。紅葉に師事し、玄関番などの下積み時代を経て、作家となりました。

登場人物のモデルは敬愛する尾崎紅葉?

鏡花はかなりの甘党だったようで、菓子が登場する作品も少なくありません。たとえば、明治42年(1909)に書かれた『白鷺』では、ヒロインの芸者お篠が、恋焦がれる日本画の巨匠「伊達先生」の病床に、重箱入りの「新栗のきんとん」を届けます。伊達の死後、その弟子から、4、5日何も食べなかった先生が、「起直(おきなほ)つて、枕の上に頬杖して、二口ばかり食(あが)つた」と聞き、お篠はうれし泣きをするのでした。
「伊達先生」に関して、経歴や容姿の詳しい描写はありませんが、門弟に慕われ、女性にもてるさまは、師の尾崎紅葉をモデルにしているように思われます。お篠が伊達を評して、「品がよくつて、捌(さば)けて居て、鷹揚で、気が利いて、鋭い中に円味(まるみ)があつて、凛として、恐くもあるし、優しいし、可懐(なつか)しくつて、好いたらしい」と語るくだりも、鏡花がたびたび書き残している紅葉の面影を髣髴させます。

栗きんとんの思い出

さて、鏡花が本人から聞いたとして、紅葉にはこんな話が。少年時代の紅葉は、将来偉くなったら、栗きんとんをお腹いっぱい食べようという夢を抱いていました。作家として本格的に活動するようになった二十代のはじめ、入ったばかりの原稿料でさっそく栗きんとんを買い込みますが、ちょっと箸をつけただけでげんなりしてしまった……というものです。願いが叶った時点で、すでに気持ちが満たされてしまったのかもしれませんね。
この栗きんとんは「魚がしの寄せもの屋」から買ったとあるので、さつま芋の餡に甘露煮の栗をからめたものと思われます。現在ではおせち料理の定番ですが、明治~大正時代の料理や菓子の製法書では生栗を使う例が見られ、家庭で作る秋の味でもあったようです。
6歳年上の紅葉を肉親のように慕い、遺影を生涯大切に飾っていたという鏡花のことですから、栗きんとんを見るたびに師を懐かしく思い出したのではないでしょうか。『白鷺』が書かれたのは、紅葉が没した数年後のことであり、「伊達先生」に関する挿話に「新栗のきんとん」が登場するのも偶然ではないように思います。

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

参考文献:

「白鷺」(『鏡花小説・戯曲選』第9巻 岩波書店 1981年)
「入子話」(『鏡花随筆集』 岩波書店 2013年)

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