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歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。

※ お菓子の画像はイメージです。お問い合わせは菓子資料室 虎屋文庫までお願いいたします。

2017.10.16

菊池貴一郎と亥の子餅

「千代田之御表」 玄猪諸侯登城大手下馬ノ図 

江戸の記憶

幕末の江戸の風俗について、挿絵入りで詳細に記した本に『江戸府内絵本風俗往来』があります。今回ご紹介する菊池貴一郎(1849~1925)はその作者で四代歌川広重を継いだ浮世絵師でもあります。同書を著したのは明治38年(1905)、56歳のときでした。忘れられつつある江戸の暮らしを記録にとどめたいと思ったためで、序文の「躍起(やつき)となりて筆をとり、江戸口調の文をもって江戸純粋の歳事をばありのままにかきちらし」からは、菊池の江戸っ子としての気概が感じられます。

亥の子餅と御篝火(おんかがりび)

『江戸府内絵本風俗往来』には、五節句はもちろん、月ごとの年中行事の様子、花見や市の賑わいといった庶民の楽しみが生き生きと描かれています。菓子についても、柏餅や月見団子、粟餅、ところてん売り、飴売りなどいろいろ見えますが、ここでは亥の子餅に触れましょう。
 亥の子餅は旧暦10月亥の日に病いにかからぬよう、また子孫繁栄を願って用意する餅のこと。平安時代の『源氏物語』にもその名が見える、由緒ある菓子です。江戸時代には階層を問わず広まり、民間では「亥の子のぼた餅」と呼ばれるような餡ころ餅、宮中では赤白黒の餅が用意されました。菊池によると、江戸城に登城した大名には「紅白の餅」が下賜されたそうです。
また、当日、大手門及び桜田門外で大篝火が焚かれ、城内では部屋ごとに火鉢が出された由。猪は火伏の神である愛宕(あたご)神社のお使いであることから、この日に火鉢や炬燵(こたつ)を出し、使いはじめれば火事にならないといわれたためでしょう。大篝火は行事の目玉といえ、日暮れから真夜中まで続きました。「闇夜なるまま火煙空を焦がし、御城門の白壁紅に映じ、青松の間より焔炎(えんえん)うつり、堤下(どてした)の溝水を照らしたる」という描写からは、その迫力が伝わってきます。花火同様、見物を楽しむ江戸っ子も多かったのではないでしょうか。
明治時代を迎え、幕府行事が廃れると、紅白の餅は姿を消しますが、今も餡餅を主流として様々な亥の子餅が作られており、茶の湯では11月の炉開きに使われることがあります。菊池の記述によって、ありし日の江戸の行事が偲ばれるとともに、亥の子餅にも親しみがわいてくるのではないでしょうか。

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

参考文献:

菊池貴一郎著 鈴木棠三編『絵本江戸風俗往来』東洋文庫 平凡社 1965年

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