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歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。

※ お菓子の画像はイメージです。お問い合わせは菓子資料室 虎屋文庫までお願いいたします。

2017.05.15

黒川光景と更衣

更衣

和菓子を研究

黒川光景(くろかわみつかげ・1871~1957)は、虎屋の十四代店主です。明治32年(1899)に兄の十三代光正から店を引き継ぎ、昭和15年(1940)に養子の十五代武雄に譲るまでの41年間、店の経営を担いました。光景は家業のほか、業界活動にも積極的に参加し、組合関係の役員なども勤めましたが、一方で書画骨董に親しみ、菓子に関する研究を熱心に行いました。彼が集めた書籍や資料類は膨大な量にのぼり、これらは虎屋文庫の史料として現在も活用されています。

和三盆糖が欠かせない菓子

古い菓子屋の店主ということもあってか、光景は新聞などの取材で菓子の話をすることがありました。昭和2年には東京日日新聞の記者だった子母沢寛(しもざわかん)のインタビューを受け、そのなかで和三盆糖(さんぼんとう)について語っています。和三盆糖は、徳島県と香川県の一部で作られる砂糖で、砂糖黍の一種、竹糖(ちくとう)を原料としています。上品な甘みとさらりとした口どけに特徴があり、光景は、この砂糖を使った菓子として「更衣(こうい)」を紹介しています。

「むかし宮中からお名を賜わった由緒あるもので、その頃は四角、今は小判形になっているが、これはこの和三盆でなくては絶対に出来ない。和三盆がなくなると共に、この菓子の一種他にない風味が永久に失われやしまいかと思われるのは悲しいことである。」

「更衣」は餡と米粉を混ぜて蒸し上げ、和三盆糖を揉み込んで作ります。和三盆糖独特の食感と甘みが特徴で、切り口にうっすらと掃いた和三盆糖が、涼やかな絽(ろ)の衣を思わせます。「むかし宮中からお名を賜わった」というのは、江戸時代、関白を務めた公家・近衛内前(このえうちさき)公から安永4年(1775)に菓銘をいただいたことを指します。

インタビューを受けた当時、外国からもたらされる安価な砂糖に押され、和三盆糖は生産量が激減していました。しかし、製糖業者の懸命の努力によって製法が守られていきました。また「更衣」は、6月の衣替えにちなむ菓子として現在も作られています。短い期間の販売ではありますが、菓子を召し上がって季節の変わり目を感じる方もいらっしゃるようで、「更衣」のことを案じていた光景も、この様子を見たらきっと安心したのでは、と思います。

※ 透かして織った夏用の絹織物。

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

 

参考文献:

「お茶に落雁〈赤坂虎屋 黒川光景氏の話〉」(子母沢寛『味覚極楽』中央公論社 1983年)

『虎屋の五世紀』通史編 虎屋 2003年

備考:

「更衣」は5月30日~6月1日に販売いたします。詳細はこちらをご覧ください。

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