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歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。

※ お菓子の画像はイメージです。お問い合わせは菓子資料室 虎屋文庫までお願いいたします。

2015.05.15

小金井喜美子とくず餅

若き日の鴎外の思い出

文豪森鴎外の妹、小金井喜美子(こがねいきみこ・1870~1956)は、兄同様文才に優れ、和歌や随筆などを数多く発表しました。逝去後に刊行された随筆『鴎外の思ひ出』には、敬愛する兄や森家の暮らしぶりなどが記されています。なかには学生時代の鴎外の様子も書かれていて、2人仲良く浅草などに外出する、ほほえましい情景も描かれています。

くず餅で団欒

ある日、鴎外に誘われ喜美子は散歩に出掛けます。千住の家の近所を歩くつもりが思いのほか遠出になってしまい、千住大橋の先にある掛茶屋でようやく一休みをすることになりました。そこで兄が頼んでくれたくず餅を少し食べ、家族への土産用に包んでもらい家へ帰ります。くず餅は早速夕食後に出されますが、それを食べながら、父は川崎大師の店で食べたことがあるが、その店が本家だと言っていたと話します。その言葉を継ぎ、母は亀戸天神にある店には暖簾が「川崎屋」と染めてあったと言い、祖母にも柔らかいから食べるように勧めます。すると、祖母は「これはお国のと違って黄粉(きなこ)がわるいね。」と言い出したので、皆で「またお祖母様のお国自慢」と笑いました。鴎外もようやく思い出したという顔で、池上本門寺に出掛けた際、同行した友人がくず餅を喜んで食べていたことを話します。
森家の人々が食べたくず餅は、発酵させた小麦澱粉の生地を蒸しあげて作ったものでしょう。乳白色の生地とほのかな酸味が特徴で、きな粉と黒蜜をかけて食べます。今も東京では門前の茶店ほかで売られ、なかには江戸時代の創業をうたった店もあります。
ところで、当時鴎外は東京帝国大学を卒業したものの、希望した留学がなかなか認められず、不安な毎日を送っていました。この日も喜美子と散歩に行くときは浮かぬ顔をしていたのですが、家族との楽しい会話が鴎外の心を一時でもほぐしたのでしょう。
喜美子は「何ならぬ品も静かな夜の語り草となったので、お土産に持って来た私はにこにこ笑っておりました。」と記しています。兄を思う喜美子の気持ちがそこはかとなくうかがえます。

※  本文中、喜美子の母が言った「川崎屋」は「船橋屋」の間違いと思われる。また、祖母の言う「お国」とは、島根県津和野を指す。

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

参考文献:

小金井喜美子『鴎外の思い出』 岩波書店 1999年

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