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歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。
※ お菓子の画像はイメージです。お問い合わせは菓子資料室 虎屋文庫までお願いいたします。

2015.03.16

栗山善四郎と茶席の菓子

虎屋の「遠山餅」
「數物御菓子見本帖」(1918)より

江戸料理の老舗 八百善 八代目店主

今回取り上げるのは八百善(やおぜん)の八代目店主、栗山善四郎
(くりやまぜんしろう・1883~1968)です。八百善の創業は享保2年(1717)、江戸料理の老舗で、大名や有力商人、文人墨客に親しまれました。関東大震災までは浅草山谷(さんや)に店を構え、震災後は築地、戦後は永田町に移転しました。茶人の高橋箒庵は自著『東都茶道記』『昭和茶道記』に「今や都下の茶会は、大半八百善の庖刀に依頼する有様なるは人の能く知る所なり」「京阪地方の懐石と食べ較べても決して遜色あるまい」と八百善を高く評価しています。

茶人 添光庵

一方、茶人としては古筆に詳しく、若くから箒庵をはじめ、益田鈍翁馬越化生石黒况翁仰木魯堂らとの茶会の行き来がありました。のちにツルツル頭から自ら添光庵(てんこうあん)と称しています。昭和8年(1933)、高橋箒庵が担当したNHKラジオ茶道講座の懐石料理の献立と調理法の説明は添光庵が担当し、後日、書籍として『懐石料理十二ヶ月』をまとめています。『懐石料理とお茶の話』に掲載の献立は、若干の相違はありますが、これを基にしています。主菓子を正月から順に取り上げてみると、「遠山(とおやま)」、2月「うぐいす餅」、梅見「若菜きんとん」、お花見「遠山形草餅」、晩春は生の桜葉を使った「桜餅」、初風炉「水羊羹」、朝茶「葛素麺」、避暑地で「その土地の名物」、月見「栗団子、小倉あん」、名残「竹の皮包み栗入り蒸羊羹」、口切「小麦饅頭、結かんぴょう」、歳暮「栗ぜんざい」。いかにも茶懐石にふさわしい、侘びた風情の菓子が並びます。

主菓子「遠山」

上記正月献立の解説の最後に「正月にちなんで、越後屋(向両国)※1の遠山にいたしましょう(この菓子は、あんを求肥で包んだ上に砂糖がかかったもの。形が遠山に雪を降らせたようであるのでこの名がある)。」と記されています。この越後屋の「遠山」は、昭和34年(1959)3月1日から3日間、永田町八百善で催された添光庵老人喜寿自祝茶会においても、自らが亭主となった濃茶席で使っています。お茶の世界で遠山といえば、利休が有馬の灰形山(兵庫県)に淡雪の降り積もるさまをヒントに考案したと言われている「遠山の蒔灰(まきばい)」が頭に浮かびます。この灰形(はいがた)※2は風炉の中の奥に山の形を作り、その上に灰を風炉の中、全面に丁寧に降りかけてゆく、初風炉などの改まった席で使われる、熟練した技と手間のかかるものです。添光庵にとって菓子の「遠山」は、改まった席で使う、決めの一品だったのかもしれません。

※1 向両国とあることから越後屋若狭をさすものと思われる。
※2 風炉の中に整えた灰の形。茶人にとって灰が作れるようになって、初めて茶人として認められるともいわれている。

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

参考文献:

高橋箒庵著『東都茶道記』『大正茶道記』『昭和茶道記』 淡交社 2000年  1991年 2002年
江守奈比古著『懐石料理とお茶の話』上・下 中公文庫 2014年
栗山善四郎著『懐石料理十二ヶ月』 秋豊園 1935年

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