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歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。
※ お菓子の画像はイメージです。お問い合わせは菓子資料室 虎屋文庫までお願いいたします。

2015.01.16

竹垣直道と大手饅頭

東雲堂の菓子袋
菓子袋拡大図

大坂代官

竹垣直道(たけがきなおみち・1805~69)は江戸幕府に仕える役人で、天保11年(1840)~弘化5年(1848)の足掛け8年、大坂代官を務めました。代官は江戸から交替で派遣され、大坂近辺の幕府直轄領と周辺の河川などを管轄しました。母、妻、息子、娘を伴った直道の赴任中の生活は、日記に詳細に記されており、著名な歌人に弟子入りする、行く先々で植物採集に興じる、など多趣味な人物だったことがわかります。

菓子の贈答

地元出身の役人らとの交流も盛んで、日記を見ると年中行事を始め、贈答品として菓子も頻出します。
なかでも牡丹餅は彼岸や玄猪(げんちょ)のような行事に限らず多く見られ、弘化5年2月19日には手製と思われる牡丹餅を「萩器」に入れて贈っています。「萩器」とは萩の花が描かれた器、あるいは萩焼でしょうか。おそらく牡丹餅の異称「おはぎ」にかけたと考えられ、歌詠みでもあった直道らしい趣向といえましょう。ちなみに代官屋敷の庭には萩が植えられており、花の季節には同僚らを招いて度々萩見を楽しんでいます。
また、弘化2年8月23日には、与力・同心への配り物を、それまでの饅頭・羊羹から自身の好みで干菓子に変えており、菓子にもこだわる一面を見せています。

大手饅頭

直道が好んで用いた菓子に大手饅頭があります。大手饅頭は大坂城の西側、「大手筋」(城の正面側の通り)に店を構えた東雲堂(菓子袋拡大図)の名物でした。大ぶりで一つ10文と少し割高で(多くの店は2~3文)、質の良い饅頭として贈答品に好まれたといいます(『守貞謾稿』)。
直道は職務に関わる祝い事(天保15年11月5日)のほか、親交の深い役人仲間の新築祝い(弘化2年11月15日)や嫡子龍太郎の元服の内祝い(弘化4年6月22日)にこの饅頭を用意しています。特に元服の際には、人生儀礼につきものの鳥の子餅(卵形の餅)の代わりに用いたことを記しており、直道があえて大手饅頭を選んだことがわかります。直道はここぞという場面で使うと決めていたのかもしれません。
なお、喜多川守貞の『守貞謾稿』には、東雲堂は天保年間(1830~44)の末になくなったとありますが、直道の日記から、その後も商売を続けていたことが分かります。

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

参考文献:

竹垣直道著、薮田貫編、松本望・内海寧子・松永友和校訂
『大坂代官竹垣直道日記』(一)~(四)
関西大学・なにわ大阪文化遺産学研究センター 2007~2010年
薮田貫『武士の町 大坂』中央公論新社 2010年

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