歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。
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2014.12.16

淡島寒月と辻占

錦絵:歌川豊国(三代)「明嬉今朝之辻占」
拡大図1
拡大図2

軽焼屋の御曹司

淡島寒月(あわしまかんげつ・1859~1926)は明治~大正時代に活躍した作家です。井原西鶴を再評価したことで知られますが、絵筆をとったり、西洋文化に傾倒したり、あるいは郷土玩具を収集したりと、その関心はひとつにとどまることはありませんでした。
寒月の実家は江戸時代から馬喰町で淡島屋という菓子屋を営んでいました。ここの名物は軽焼(かるやき)で、「病が軽く済む」と疱瘡(ほうそう・天然痘のこと)見舞いに好まれたこともあって店は大層繁盛し、名店の御曹司として何不自由なく子ども時代を過ごしたといいます。寒月が雑誌に寄せた随筆や講話などまとめた『梵雲庵雑話(ぼんうんあんざつわ)』(1933)には、彼が暮らした江戸の町並みを書いたものがあり、幾世餅、みめより、桜餅といった、江戸っ子が親しんだ菓子も登場します。そのなかに辻占(つじうら)についての記述が出てきます。

辻占の名店

ここでいう辻占とは、煎餅などに占いの紙を入れたもので、恋の行方を暗示した言葉が書かれたり、役者の似顔絵が描かれたりしたものなど、さまざまな種類がありました。寒月は、茅町の遠月堂、横山町3丁目の望月、切山椒が名物の森田(大伝馬町の梅花亭と思われる)を名店としてあげていますが、このうち、遠月堂の辻占に入っている占い紙は「彩色摺上等のものだった」と書いています。その美しい辻占がどのようなものだったのかうかがえる錦絵(写真)があります。
これは団扇用に作られたもので、歌川豊国(三代)の作です。左側の女性は菓子箱を手にし、右側の女性は、二つに折りたたまれた煎餅と役者絵が描かれた紙を持っています(拡大図1)。店の名はありませんが、菓子箱には蛤を描いた商標と「江戸むらさき」の商品名が見えます(拡大図2)。蛤の商標は遠月堂のトレードマーク、豊国の手による役者絵の辻占が実際に売られていたことから、この団扇絵が遠月堂の広告用に作られたことがうかがえます。
残念ながら遠月堂や淡島屋ほか多くの江戸の菓子屋は明治時代以降店を閉じていきます。色とりどりの辻占を懐かしく思い起こしながら、寒月は文を綴っていったのかもしれませんね。

※  蛤の商標は『懐溜諸屑』(国立民俗博物館蔵)に収録、役者絵辻占の名が見える遠月堂の広告は、東京都立中央図書館の加賀文庫に収蔵されている。

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

参考文献:

淡島寒月 『梵雲庵雑話』 平凡社 1999年
山口昌男 『「敗者」の精神史』上  岩波書店 2013年

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