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歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。
※ お菓子の画像はイメージです。お問い合わせは菓子資料室 虎屋文庫までお願いいたします。

2014.10.16

人見必大と蕨餅・葛餅

曜斎国輝「蕨の製方」 年不詳

本格的な本草書の執筆者

人見必大(ひとみひつだい・1642頃~1701)は江戸時代前期の医者兼本草学者です。父は四代将軍徳川家綱の幼少期の侍医を務めた人見元(玄)徳、兄の友元は著名な儒学者で、一家は将軍家を含む幅広い交友関係をもっていました。必大が研究に励み、本草書の大作『本朝食鑑』(ほんちょうしょっかん/ほんちょうしょくかがみ)を著し元禄10年(1697)に刊行ができたのも、こうした恵まれた家庭環境があったからともいわれています。

菓子にも言及

『本朝食鑑』は漢文体による12巻の書物で、中国明代の『本草綱目』(1596)の構成や分類にのっとっています。内容は、国産の食物についての健康への良否、滋味、効能などの解説でした。全体に動物性食品を多く扱っていますが、菓子についての言及もあり、たとえば 「穀部」には餅類や粽、飴が見られます。「牡丹餅」は「萩の花」ともいうこと、端午の節句の粽には、菰(まこも)や熊笹の葉が使われたことなど、庶民の行事食に触れた部分もあり、興味深いものです。

生蕨や葛餅が苦手だった壮年期

注目したいのは「菜部」の蕨の記述。蕨の産地や形状、食べ方に触れ、根の澱粉で作る蕨餅も取り上げています。形状は葛餅(葛の根の澱粉で作る)のようで紫黒色、味は葛餅に劣らず、世間でも珍しいものとして、贈り物にしているとのこと。手間暇かけて作るだけに、喜ばれる食べ物だったのでしょう。蕨餅や葛餅は、必大のお気に入りだったのかもしれないと思い、読み進めると、意外な事実がわかります。なんと、必大は壮年期、生蕨(ここでは灰汁で煮るなど基本の下処理をしたもの)と葛餅を食べると、必ず気絶して人事不省になったそう。しかし、50歳を過ぎると、両者を食べてもあたらないようになったことが書かれています。壮年のときは気が盛んで、食物に「相敵」する何かが自分のうちにあったからだろうか、あるいは最初に毒にあたったことが思い出されて、見ると具合が悪くなったのだろうかなど、その理由をあれこれ分析しているのがほほえましいところ。考えたあげく、最後の言葉は自嘲気味に「鳴呼拙矣」(ああ、おろかなことであるよ)。自らの経験をもとに執筆を重ねた行動派の本草学者、必大のつぶやきが人間味を感じさせます。

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

参考文献:

島田勇雄訳注『本朝食鑑』1  東洋文庫 平凡社 1976年

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