歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。
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2013.08.16

野崎幻庵と茶席の菓子

道明寺粉と寒天を使った菓子『水の宿』

茶人幻庵

野崎廣太(こうた・1859~1941)は、中外商業新報社(日本経済新聞社の前身)、三越呉服店(現三越伊勢丹)の社長を務めた実業家でした。彼が新聞社時代から連載を始めた茶会記事は、『茶会漫録』として刊行されています。高橋箒庵(そうあん)の茶道記群とともに、当時の茶道界の興隆を今に伝える貴重な資料です。茶名は茶の先達、益田鈍翁(どんのう)によって名付けられた箱根湯本の茶室「幻庵(げんあん)」を使いました。引退後は小田原に住み、鈍翁、松永耳庵(じあん)とともに小田原三大茶人の一人に数えられています。自ら設計した茶室「葉雨庵(よううあん)」は国の登録有形文化財に指定され、松永記念館敷地内に移築・保存されています。

幻庵の懐石の一例

明治44年(1911)11月10日、湯本の「幻庵」で行なわれた観楓茶会では、懐石の最初から箱根の寄木細工の膳に、飯椀、汁椀、煮物椀の3つの椀物を出しました。普通であれば、煮物椀ではなく、新鮮な魚などを使った向付が出るはずです。あくまで山中での趣向としたかったのでしょう。口の悪い茶友からは「三椀鼎足の状を為したるは最も振るった野崎式」と揶揄され、箒庵にも「幻庵の茶会とかけて何と解く、犬の鳴き声と解く、心はワンワンワン」と言われる始末です。
菓子には峠の茶屋の力餅。実にセンスがあります。峠の茶屋とは湯本から箱根越えの畑宿の茶屋で、膳に使われた箱根の寄木細工の名産地です。当時の力餅がどのようなものだったのか、分かりませんが、現在の畑宿の茶屋では、切り餅を使った「いそべ」、甘い青きな粉をまぶした「うぐいす」、さらにすり立ての黒胡麻を加えた「黒胡麻」の3種類が振る舞われています。

夏に向けての菓子

五月雨の中、梅雨の中、そしてたっぷり露地に水を撒く夏の会と、夏に向かう幻庵の会記を見ると、濡れた露地や敷石を思わせるような、涼やかな菓子が登場します。派手さはないかもしれませんが、道明寺羹や道明寺饅頭。これらはみぞれのようにも見えることから、みぞれ羹とも呼ばれています。その他、瑞々しい水羊羹、葛餅などが使われています。
幻庵が理想とした菓子は、季節の移ろいや、茶席にちなんだ、日常の中にある事象やちょっとした変化を楽しむ、さりげないものだったのでしょう。

※ 寒天を溶かして白双糖を加え、水で柔らかくした道明寺粉を混ぜ、枠や瀬戸型に流して固めたもの。

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

参考文献:

野崎廣太『茶会漫録』全13巻 中外商業新報社 1912~1927年

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