歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。
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2013.05.16

成尋と饅頭

巡礼への情熱

平安時代の僧侶・成尋(じょうじん・1011~81)は、中国・宋の天台山と五台山への巡礼を志して朝廷に願いを出しますが許可が下りず、1072年、弟子とともに密航同然に宋へ渡ります。この時成尋62歳。宋での1年3ヶ月あまりの日々を書き綴ったのが『参天台五台山記』(さんてんだいごだいさんき)です。

宋でのもてなし

宋では皇帝からの命が下ったこともあり、道中では警護がつき、悲願だった巡礼は順調に進みました。もてなしも厚く、日記に「饗膳尽善窮美」とあるように、各寺院や要人主催の宴会では、贅を尽した料理が出されました。また、当時知識人の間では喫茶の風習が広まっており、成尋もさまざまな人々と茶を通じ交流をしています。

日本人で初めて饅頭を食す?

日記には、杏ほか果物や、「作飯」という餅に似た菓子などを買う記述も見られます。都の開封(かいほう)に入る手前では、成尋一行を護衛してきた鄭珍(ていちん)が饅頭20個を買ってきて皆に配ったとあります。
どのような味わいだったのか興味深いところですが、残念ながら日記には餡などについての記述はありません。宋代の史料を見ると、当時、饅頭の餡には羊肉や魚、筍などを使ったもののほか、「糖餡(砂糖餡)」のように甘いものや、「豆沙餡(豆餡)」もあったことがわかります※1
なお、饅頭は日本には鎌倉~室町時代に禅宗の僧侶により伝えられたとされていますが※2、この話はそれよりもかなり遡ります。中国でのできごとではありますが、饅頭について記録を残した日本人は、成尋が初といえそうです。
成尋は皇帝に懇請されて宋にとどまり、71歳で世を去りますが、彼の日記は帰国する弟子に託され多くの人々に読み継がれていきました。旅行記としてはもちろん、中国からの菓子の伝来を考えるうえでも貴重な史料といえましょう。

※1 呉自牧「夢粱録」、周密「武林旧事」。
※2 饅頭の伝来については、1241年に聖一国師(しょういちこくし)が酒皮饅頭の製法を伝えた、あるいは1349年頃中国人の林浄因(りんじょういん)が塩瀬饅頭を伝えたという2説が知られている。

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

参考文献:

平林文雄『参天台五臺山記校本並に研究』風間書房 1978年
藤善眞澄訳注『参天台五臺山記』1・2 関西大学出版部 2007・2011年

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