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歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。

※ お菓子の画像はイメージです。お問い合わせは菓子資料室 虎屋文庫までお願いいたします。

2012.10.16

樋口一葉と粟餅

十二月ノ内 霜月 酉のまち(吉田コレクション)

夭折の女流作家

小説家・歌人として知られる樋口一葉(ひぐちいちよう・1872~96)は、若くして父が死去したため、家計を支えようと文筆活動をはじめます。苦しい生活の中、24歳で亡くなるまで『にごりえ』や『うもれ木』といった優れた作品を発表しました。

一葉が見た酉の市

一葉は明治26年(1893)に下谷龍泉町(台東区)に移り、生活費を得るため荒物兼駄菓子屋を開きます。ここでの生活を一葉は日記に書きとめているのですが、そこに「酉の市(とりのいち)」の記述が見えます。
二の酉(11月20日)では、「にきはひ(賑わい)は此近年おほえぬ(憶えぬ)景気といへり 熊手かねもち大か(が)しらをはしめ(始め)延喜(縁起)物うる家の大方うり切れにならさるもなく」と書いています。
現在も多くの人で賑わう酉の市ですが、縁起物が売り切れてしまったとのことですから、相当な人出だったようです。
ところで今も売られる熊手や大がしらと一緒に出てくる「かねもち」とはどのようなものでしょうか。

かねもちを食べて金持ちになる

かねもちとは、粟餅(あわもち)のことで、粟が鮮やかな黄色をしているため、「金持(=黄金餅)」にかけたといわれます。今でいうなら金運アップの縁起物ということになるでしょうか。江戸時代には、酉の市を描いた多くの錦絵に粟餅を見ることができますが、明治時代も人気で、売り切れてしまうだけでなく、参拝客が法外な値段で買わされたりすることもあったようです。(錦絵中央の女性が粟餅を手にしています)

一葉は翌年に転居をしたため、彼女が体験した酉の市はこの年限りでした。しかし、代表作のひとつ『たけくらべ』のなかで、主人公の美登利の心が少女から大人の女性へと変化していくさまに合わせて、すさまじいほどの酉の市の盛況ぶりが描かれており、一葉の中で忘れられない祭りであったことが想像されます。
酉の市の粟餅は、その後廃れてしまい、現在は見ることができません。ところで一葉は粟餅を食べたのでしょうか。残念ながら日記からは読み取れませんが、「かねもち」という響きは魅力的に聞こえていたかもしれませんね。

※ 熊手や大がしら…熊手は「福をかき込む」、大がしらは「頭の芋(かしらのいも、とうのいも)」とも呼ばれる芋で、「人の頭に立つ」とされた。

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

参考文献:

樋口一葉「塵中日記」(『樋口一葉全集』第3巻上 筑摩書房 1976年)

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