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歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。
※ お菓子の画像はイメージです。お問い合わせは菓子資料室 虎屋文庫までお願いいたします。

2012.04.16

アーネスト・サトウとカステラ・羊羹

カステラ
羊羹

明治維新の証言者

アーネスト・サトウ(Sir Ernest Mason Satow・1843~1929)は、幕末から明治時代にかけて日本に駐在したイギリスの外交官です。日本滞在は二度にわたって都合25年間におよび、最初は日本語通訳生からはじまり、日本語書記官などを経て最後は公使にまでなりました。彼は日本語を自在にあやつり筆で書かれたくずし字の文章を読み、候文(そうろうぶん)を書くこともできました。また、膨大な日記を遺し、日本に関する本も著しており、近代日本の歴史の証人でもありました。
サトウは文久2年(1862)8月15日、19歳で初めて日本の土を踏み、横浜の公使館に入りました。10月11日、江戸を訪れます。赴任前の5月29日に公使館を警備していた松本藩士によって、イギリス人水兵2名が殺害された事件の賠償交渉の随員を務めるためでした。

老中のおもてなし

交渉は老中水野忠精の役宅で行なわれ、5人いた老中のうち水野、板倉勝静、小笠原長行や外国奉行等が出席しました。両者はテーブルを挟んで座り、テーブルの上には煙草盆、火壺、煙草入れ、長いキセルと火鉢が置かれました。この日は新暦になおすと12月4日にあたるので、火鉢は暖房用です。
時候の挨拶が終わると重々しく黒い漆塗りの箱を捧げた「給仕役」が二列に並んで来ました。箱には薄く切ったカステラと羊羹が沢山入っており、続いて蜜柑と柿が出され、お茶が振る舞われました。
出されたお菓子のうち羊羹を「豆で作った甘い煉り菓子」と著書に記しているので蒸羊羹ではなく煉羊羹でしょう。カステラは16世紀後半以降にスペイン、ポルトガルからもたらされた南蛮菓子です。外国人をもてなすことを意識して、ヨーロッパ伝来の菓子を選んだのでしょうか。カステラと羊羹の取り合わせはミスマッチのような気もしますが、実はそうでもないのです。後年考案されたものですが、カステラで羊羹や餡を挟んだシベリヤという菓子があります。二つの違った味わいを同時に楽しめる菓子です。実はカステラと羊羹の相性はとても良いのです。
ちなみにこの時のお茶のことを日記では「二様の流儀でお茶が出された。ただ振り出すものと、粉末を泡立たせるものであった」(『一外交官の見た明治維新』)と記しています。前者は煎茶、後者は抹茶です。サトウの日記には抹茶は「ひどい味だった」とあるので、彼の口には合わなかったようです。

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

参考文献:

萩原延壽 『遠い崖-アーネスト・サトウ日記抄』 朝日新聞社
アーネスト・サトウ(坂田精一訳) 『一外交官の見た明治維新』 岩波文庫

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