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歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。

※ お菓子の画像はイメージです。お問い合わせは菓子資料室 虎屋文庫までお願いいたします。

2011.06.16

益田非黙と水羊羹

葛仕立水羊羹

茶人非黙

益田克徳(こくとく・1852~1903)は三井財閥の総帥・益田孝の4歳下の次弟にあたります。彼は司法省勤務の後、海外で学んだ保険業界の知識を活かし、 東京海上保険会社(現東京海上日動)の創設に関わり、支配人として経営にあたりました。この他、東京帽子会社(現オーベックス)をはじめ数社の経営にも関わる実業家でした。 しかし仕事以上にお茶に熱心で、毎朝出社したものの、会社を素通りし、道具屋に立ち寄るのが日課だったそうです。兄の孝(鈍翁)、弟の英作(紅艶)をはじめ、 渋沢栄一、馬越恭平(化生)、近藤廉平(其日庵・きじつあん)、高橋義雄(箒庵)など多くの実業家たちをこの世界に導き入れ、彼らの茶道観に大きな影響を与えています。
彼は不白流の川上宗順へ弟子入りし、のちに非黙(ひもく)と号します。宗順指導の下、高価な道具を使うのではなく、安価なものの中から自分の好みを見出し、 独自の美意識を高めていきました。52歳での突然死により、残された茶会記などはあまりありません。非黙を知る人たちの証言では、彼の茶の湯は道具の収集内容や、 自作の茶碗「翁さび」「不出来」の風情、茶庭・茶室の作意から「益田流大侘び茶の湯」と評されています。

非黙と水羊羹

非黙が席主を務める会記には、菓子の名称は書かれていますが、実際の菓子の形状や、手製あるいはどこの菓子屋のものかという御製の記述はほとんどありません。具体的には水羊羹、 あんよせ(寒天や葛で固めたものか)、栗餡餅、大福餅と栗大福、蕎麦饅頭、白梅形の打物、豆入り煎餅などの記載があります。これらの菓子は和歌から菓銘をとった類のものではなく、 シンプルな侘びたものばかり。この中で複数回出てくるのが水羊羹です。ちなみに大正4年(1915)6月1日、かつて非黙が指導して作った茶庭・茶室において、其日庵を席主に行なわれた 非黙の13回忌追福茶会でも水羊羹が出されています。
非黙が用意した水羊羹はどのようなものだったのでしょう。当時の水羊羹は虎屋にある記録など調べてみると、餡を葛で固めるものと、寒天で固めるものがあったと考えられます。彼の伝記にある三女繁子の話には、金杉村根岸(現台東区根岸)の非黙邸へ、茶席の菓子をつくる本所の越後屋(越後屋若狭か)の老人がよく見えていたとのこと。もしかしたらこの水羊羹は、寒天を使った柔らかくて瑞々しい越後屋若狭のもので、健啖家で有名な非黙の好物だったのかもしれません。

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

参考文献:

『益田克徳翁伝』大塚栄三著 益田恭尚・晃尚編 東方出版 2004年
『東都茶会記 二』高橋箒庵著 淡交社 1989年
『慶應義塾出身名流列伝』三田商業研究会編 実業之世界社 1909年

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