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歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。
※ お菓子の画像はイメージです。お問い合わせは菓子資料室 虎屋文庫までお願いいたします。

2010.07.16

酒井伴四郎と月見団子

月見団子

巨大都市江戸

近世江戸は人口100万人を超える大都市で、人口の約半分は武家の人々が占めていました。旗本、御家人のほか、参勤交代によって全国から大名が集まり、お供として多くの藩士が江戸藩邸に住みました。

幕末下級武士の江戸ライフ

紀州藩士酒井伴四郎(さかいばんしろう・1833~?)もそうした藩士の一人でした。万延元年(1860)妻子を故郷和歌山に残して単身赴任、住まいは赤坂の中屋敷(現:港区赤坂御用地・迎賓館)、敷地が13万坪もある広大な屋敷です。しかし、禄高30石という下級武士の伴四郎は、間口1間半の長屋に同僚2人と同居です。
伴四郎が書いた詳細な日記からは、生き生きとした江戸での生活を知ることが出来ます。食事は自炊が基本、安い食材を買うなどして倹約につとめています。でも時には、同僚と酒や食べ物を持ち合って、ささやかな宴会をすることもありました。また、鮨やドジョウ鍋、ブタ鍋といった外食を楽しみ、牡丹餅や桜餅などの菓子や汁粉もよく食べています。

伴四郎の月見団子

男所帯の単身赴任ですが、節句ほかの年中行事もちゃんと行なっていて、季節の移り変わりを肌で感じています。そうした行事に食べるのが行事食、正月の七草粥や端午の柏餅などが知られています。
8月15日は中秋の名月です。月にススキや里芋とともに団子を供えます。伴四郎も出入りの商人から貰った白玉粉で団子を作りました。お供えにもしたのでしょうが、仲間にもごちそうしています。その団子はいたって上出来で、「誠よく出来、皆甘狩(うまがり)候」と日記に書いています。
彼は藩邸内で何人かと団子を贈りあっており、その時には里芋と枝豆(大豆)を添えています。中秋の名月は、もともと畑作の収穫祭に由来するので、里芋や枝豆も贈られたのでしょう。ちなみに江戸の町では、家族や商店の従業員一人一人に団子15個を贈ったそうですが、大変な数になったことでしょう。その団子はお供えよりもずいぶんと小さく、鉄砲玉と呼ばれていました。翌日十六夜には、残った団子を焼く醤油の香りがしたという川柳もあります。

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

 

 

参考文献:

青木直己『幕末単身赴任 下級武士の食日記』NHK出版 2005年
東京都江戸東京博物館『酒井伴四郎日記-影印と翻刻-』同館 2010年

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