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歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。

※ お菓子の画像はイメージです。お問い合わせは菓子資料室 虎屋文庫までお願いいたします。

2010.04.16

松永耳庵とお手製の菓子

電力の鬼 耳庵(じあん)

電力王、電力の鬼と呼ばれた松永安左エ門(やすざえもん・1875~1971)は、情熱的、豪放磊落な性格の持ち主で、晩年に至るまで電力事業に一身を捧げた人でした。彼は実業家としての顔だけではなく、耳庵の名で益田鈍翁(どんのう)、原三溪(さんけい)とともに「近代三大茶人」のひとりとしても知られています。耳庵の名は、60歳からお茶を始めたことから論語の「六十而耳従」にちなんだものです。彼は短期間のうちに鈍翁、三溪から茶の湯の本質、精神を学び、流儀のお茶を超えた、独自のお茶を実践しました。
戦争色が強くなり、彼の電力会社が国家管理となると、実業界から潔く身を引きます。戦後、公人として復帰するまで、所沢近郊の柳瀬山荘にこもって、自ら茶の古典を学び、茶三昧の生活を送ります。とはいっても点前は無手勝流。茶会のたびに点前が変わることから「耳庵流か」と揶揄されると、すかさず「毎日点前が変わるから毎日流だ」とやり返していたそうです。背広姿であぐらをかいて、新聞紙の上にアルマイトのやかんを載せ、絵唐津の茶碗でお茶を点てている自由さ溢れる写真は有名です。

お手製の菓子

彼は抹茶にあう菓子について「甘すぎないように、あと口が悪くなく、少し時が立つと飲み物が欲しい気になり…」と書いています。実際に彼の茶会記から菓子を探してみると、甘みなどが自分で調整できたからでしょうか、手製の饅頭、栗饅頭、葛餅などの記述が見られます。また、知人の茶会記の引用箇所を探してみても、菓子屋の菓子ではなく、バナナ甘煮、百合根つぶし杏ジャム入などの手製の菓子を書き留めています。
戦後すぐのことですが、耳庵は柳瀬山荘近くの小川で、地元平林寺の典座老僧が、じゃが芋を皮付きのまま摺り潰し、水に晒しているところに出会います。この老僧より芋のでんぷんの作り方を習った耳庵は「男手でも容易に出来ることを知って以来、蕨粉、吉野葛と贅沢言わずにお菓子の材料に不自由しない」と言っています。残念ながら実際にどのような菓子に仕立てたのか、具体的な記述は残っていません。そこで今回は、じゃが芋でんぷんを鍋で煉って、素朴なお菓子を再現してみました。弾力のあるプリッとした触感。皆さんも是非、お試し下さい。

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

参考文献:

『松永安左エ門著作集』第5巻 五月書房 1983年
『耳庵松永安左エ門』上・下巻 白崎 秀雄 新潮社 1990年
『芸術新潮』―特集:最後の大茶人 松永耳庵 荒ぶる侘び  新潮社 2002年

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