歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。
※ お菓子の画像はイメージです。お問い合わせは菓子資料室 虎屋文庫までお願いいたします。

2010.03.16

井原西鶴と日本一の饅頭

俳諧から小説へ

井原西鶴(1642~93)は大坂生まれの俳諧師・浮世草子作者。若くして俳諧を学び、一定の時間に1人でできるだけ多くの句を詠む矢数俳諧に秀でました。貞享元年(1684)、一昼夜で23500句を詠んだ、摂津住吉神社(大阪府)での興行が有名です。天和2年(1682)に41歳で刊行した『好色一代男』が反響を呼び、瞬く間に人気作家となった西鶴は『日本永代蔵』『世間胸算用』『本朝二十不孝』をはじめとする数々の傑作を生み、その作品中に多くの菓子が見られることは、以前にも紹介しています。

二口屋の饅頭は西鶴の好物?!

『好色一代男』は主人公世之介の7歳から60歳に至るまでの好色遍歴を、短編をつらねて一代記の形にまとめた作品です。今回は巻8より、56歳の時のエピソードをご紹介しましょう。
京都の石清水八幡宮へ厄払いを思い立ち、混雑する日中をさけて、寒月の夜、牛車で出発した世之介を、島原の太夫たちが迎えにきます。暖かな布団や豪華な調度を揃え、名酒・ご馳走を並べた心づくしの接待に感激した世之助が、お礼に用意させたのが金銀の箔を押した「日本一の饅頭」でした。一つ5匁(約19g)のこの饅頭を900個、その夜のうちに作りあげたのが二口屋能登です。二口屋は京都室町今出川角に店を構え、長く御所の御用を勤めた実在の上菓子屋でした。京都の買物案内や評判記などで、菓子屋の筆頭に名前が挙げられているところから、名店であったことがうかがえます。二口屋の饅頭は『諸艶大鑑(しょえんおおかがみ・好色二代男)』にも登場しますから、ひょっとすると西鶴の好物だったのかもしれませんね。
なお、二口屋は江戸時代後期になって経営が悪化し、共に長らく御所御用を勤めていた虎屋が経営権を継承しました。その関係で、虎屋には二口屋の絵図帳などの古文書が伝えられています。

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

参考文献:

「好色一代男」(『西鶴集上』日本古典文学大系47 岩波書店 1957年)

虎屋のウェブサイト上に掲載しております内容(上記「歴史上の人物と和菓子」内の文章を含みます)に関する著作権その他の権利は虎屋が有しており、無断に複製等行いますと著作権法違反等になります。当ウェブサイトに関する著作権等については、以下のページをご覧下さい。

著作権について


トップへ戻る