歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。
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2009.08.16

紀伊国屋文左衛門と饅頭

現在のお火焚き饅頭

紀州蜜柑で大もうけ

江戸中期の豪商に、幕府御用の材木商も務めた紀伊国屋文左衛門(?~1734)という人物がいました。嵐の中、紀州蜜柑を江戸に運んで大もうけしたという伝説がつとに有名です。一説には、その時江戸では、11月8日の「ふいご祭」に使う蜜柑が不足していたのだとか。ふいご祭はお火焚き祭とも呼ばれ、鍛冶屋や料理屋をはじめとする、火を使う商売の人たちの祭です。現在も受け継がれており、もちろん、虎屋でも毎年行なっています。  江戸時代には、この日、蜜柑を撒いて子ども達に拾わせる習いでした。今もふいご祭に蜜柑とおこしを用意したり、火焔宝珠の焼印を押した饅頭などが売られることもあります。

お金持ちの道楽合戦

一代で巨万の富を築いた文左衛門には、節分の時に枡に小粒金を入れて撒いた、というような豪遊ぶりが伝わっています。  文左衛門が月見を楽しんでいた時のこと。入り口でなにやら騒ぎがします。見れば、巨大な饅頭を載せた台が運び込まれてくるではありませんか。そのままでは饅頭が入らないために、戸口や階段を壊していたのです。  友人からの贈り物だという話に、人々はびっくりするやら呆れるやらでしたが、ともかく割ってみると、中には普通の大きさの饅頭がぎっしりと詰まっていました。蒸すための釜や蒸籠まで特別に誂えて作らせたというこの巨大饅頭の値段は、1個70両。壊した戸口は、一緒に連れてきた大工が数十人掛かりであっという間に直していったという手際のよさでした。  この話には後日談があります。文左衛門がその友人のなじみの遊女のもとを訪れ、座敷に蒔絵の小箱を置きました。人々がそれをあけると、中から豆粒ほどのカニが数百匹も這い出し、座敷中がカニだらけ、遊女や禿(かむろ)が逃げ惑って、またまた大騒ぎとなりました。そのカニを捕まえてよく見ると、小さな甲羅の一つ一つに、文左衛門の友人と、遊女の紋が金で描かれていたといいます。これが先の饅頭の御礼というのですから、お大尽のばかばかしいお金の使いかたは、想像を絶するものがありますね。

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

参考文献:

「吉原雑話」(『燕石十種』第5巻 中央公論社 1980年)

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