歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。
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2009.04.16

三島由紀夫と打物の菓子

菊の干菓子

早熟の天才

小説家・三島由紀夫(1925~1970)は、10代から文壇の注目を集め、『仮面の告白』、『金閣寺』などの作品で、国内外から高い評価を得ました。晩年は思想運動に傾倒し、昭和45年、自衛隊市ヶ谷駐屯地での割腹自殺という劇的な最期を遂げました。

対比としての西洋菓子

遺作『豊饒の海』4部作は、日露戦争後の明治末期から、昭和40年代頃に至るまでの、主人公の輪廻転生を描いた大河小説です。その第1作目にあたる『春の雪』は、松枝清顕(まつがえきよあき)と幼なじみ・綾倉聡子との悲恋物語になります。 維新の勲功で爵位を得た松枝伯爵は、公家の優雅にあこがれ、一人息子の清顕を綾倉家に預けます。綾倉家は蹴鞠の名門で、書や歌を友として王朝時代そのままの生活を送る家でした。そこに漂う「淋しい優雅」に感化された清顕は、美しく夢見がちな青年に成長します。一方、清顕への想いから婚期を逃していた聡子に、洞院宮治典王(とういんのみやはるのりおう)との縁談が持ち上がります。 食べ物に無頓着で、味音痴を自認していた三島ですが、この作品には菓子が巧みに使われています。たとえば「薄い一口サンドウィッチや洋菓子やビスケット」。これは、洞院宮邸を訪れた綾倉親子に出されたもので、「御所風の秋草の衝立」のある屋敷で暮らす聡子と、大理石の階段のある洋館に住む宮との生きる世界の違いを際立たせています。

「淋しい優雅」の味わい

清顕が青年の意地から聡子との交流を絶つうち、宮と聡子の婚姻に天皇の勅許がおります。宮家との婚約は決して取り消すことができないもの。清顕は、聡子がもはや自分のものにはならないことを知ったとき、はじめて聡子に恋していることを自覚するのでした。 清顕が恋に目覚めさせるきっかけとなるのが、幼い頃、手習いのため聡子と交互に書いた百人一首です。その「黴の匂いともつかない遠々しい香り」が想起させた、綾倉家での思い出の品々の中に、双六遊びでもらった「打物(うちもの)の菓子」がありました。「あの小さい歯でかじるそばから紅い色を増して融ける菊の花びら、それから白菊の冷たくみえる彫刻的な稜角が、舌の触れるところから甘い泥濘(でいねい)のようになって崩れる味わい」と表現された、脆く儚い干菓子は、清顕にとって綾倉家の「淋しい優雅」を象徴する品の一つなのでした。 華麗で細緻な三島文学の世界を、味わいの観点から眺め直すのも新しい楽しみ方ではないでしょうか。

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

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