歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。
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2009.03.16

ゴンチャローフと菓子

ロシア側が日本側全権に贈った菓子の絵図(吉田コレクション蔵)

日露交渉に参加

ゴンチャローフ(1812~91)は、日露和親条約調印で知られるプチャーチン提督の秘書をつとめた作家です。嘉永6年(1853)、ロシア使節団とともに長崎に来航した彼は、滞在中の出来事を鋭い観察眼でこと細かく日記に記しています。

プチャーチン一行をもてなした和菓子

日記から、長崎での交渉に際し、奉行所から受けた饗応、贈答などの接待内容がわかりますが、菓子の記述も随所にあります。たとえば、8月(和暦)の1回目の会見で奉行所がロシア側に一人一つずつ用意した木箱入りの菓子については「大きな一片は、何やらタルトtort(果実入りパイの一種)に似ており、それから捏(ねり)粉(こ)のようにねっとりしたゼリーが、ハート型に仕立ててある。さらに粗糖でつくって色どりを添え、油のようなものを塗った魚が一尾、おしまいはこまごました干菓子で、砂糖漬の果物、ちなみに人参まであった。」とのこと。焼菓子や煉りもの? 金花糖(きんかとう・砂糖液を木型に流し込んで固めたもの)や飴細工など、多種類の色鮮やかな菓子だったのでしょう。ゴンチャローフは「まさしく放胆無比な製菓技術というべきではなかろうか?まあよくできている。」と驚きの声をあげています。

日本側を感動させたロシアの菓子

一方、ロシア側も12月の2回目の会見で、日本側全権らに引き出物として「菓子箱」を用意しています。その箱のできばえや色とりどりの「キャンデー」のすばらしさ(図版)に、日本側は「もはや満足や感嘆の念を抑えきれなくなって、あっといった」とか。ゴンチャローフは記述しながら、自分が日本の菓子に驚いたときのことを思い出していたかもしれません。日本とロシアの菓子対決を思わせるエピソードでしょう。

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

参考文献:

高野明・島田陽訳『ゴンチャローフ日本渡航記』講談社学術文庫 2008年
(同書の注では『幕末外国関係文書』を引用して、2回目の会見に際し、一行に用意した本膳料理の献立記録も紹介している。食事前に薄茶と「春霞」「明ほの」「屋千代」「若葉笹」「椿花巻」「薄雪巻」ほかの銘の菓子が出されたことなどもわかる。)
片桐一男「吉田コレクション嘉永六年ロシア使節饗応関係資料」( 機関誌『和菓子』14号所載 虎屋文庫 2007年)

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