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歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。
※ お菓子の画像はイメージです。お問い合わせは菓子資料室 虎屋文庫までお願いいたします。

2008.10.16

滝沢馬琴と大仏餅

方広寺門前の大仏餅の店。『都名所図会』(1780)より

京・大坂遊覧の旅

『南総里見八犬伝』を代表に、数々の文学作品を生み出した滝沢馬琴(たきざわばきん・1767~1848)。享和2年(1802)、彼が36歳の時に京・大坂を旅した際の記録が『羇旅漫録(きりょまんろく)』です。

江戸との比較

本文のはじめに「おのが目に珍らしとおもへるもの。悉(ことごとく)これをしるす」とあるように、馬琴は小説家らしく鋭い観察眼で、旅先で見聞きした行事や人々の装いなどを細かく書いています。とりわけ興味深いのは、自身が暮らす江戸との比較をしていることです。たとえば、江戸では田楽や鯉の汁物の味付けに赤味噌を使うのに対し、京では白味噌を入れる、しかし白味噌は塩気が薄く甘味が強いので、食べられたものではないと言っています。こうした辛らつともいえる書き方には、かえって現実感があり、読み進めていくうちに馬琴とともに旅をしているような気分にもなります。

大仏餅がお好み

菓子については、宇津(静岡県)の「十団子」、住吉(大阪府)の「とゝやせんべい」など、各地の名物をいくつか書いています。京で知られているものとしては、外郎粽、挽米の焼餅などをあげていますが、なかでも大仏餅は「江戸の羽二重もちに似て餡をうちにつゝめり。味ひ甚だ佳なり」と褒めています。
大仏餅は京の方広寺や誓願寺の門前で売られ、評判となった菓子です。柔らかな食感の羽二重餅にも似ておいしかったのでしょう、舌鼓を打つ馬琴の姿が目に浮かぶようです。
なお、当時の京では、雅な菓銘を持ち、色どりも美しい「上菓子」が知られていましたが、馬琴は「よしといへども価大に尊(たか)し」と書いています。上菓子は上等な白砂糖を使っているため高価で、庶民にとっては高嶺の花でした。馬琴も気軽に食べられるものではない、と思ったのでしょうね。

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

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