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歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。
※ お菓子の画像はイメージです。お問い合わせは菓子資料室 虎屋文庫までお願いいたします。

2008.07.16

富岡鉄斎と「白ういろ」

外郎餅

鉄斎と正弘

富岡鉄斎(1836~1924)は、近代日本の画壇を代表する画家の一人です。明治15年(1882)、47歳の時に虎屋京都店のすぐ近く、室町通り一条下ル薬屋町に転居し、亡くなるまでの約43年間、この地で暮らします。鉄斎は、虎屋14代店主の実弟で京都店支配人であった黒川正弘[魁亭(かいてい)](1880~1948)とは非常に親しい関係にありました。正弘を自分の名代として遣わすこともあり、「拙者の愛弟子に御座候」と元老だった西園寺公望に紹介したという逸話も残っています。虎屋が鉄斎の作品を所蔵しているのも、このような交誼によるものです。

晩年の好物

孫の益太郎や冬野は、鉄斎の画室に遊びに行くと、富岡家で「あんぽんたん」と呼ばれていた、軟らかいあられをお決まりのようにもらっていました。口に入れるとフワッと溶けて食べやすいので、高齢の鉄斎も常備の菓子にしていたのでしょう。また益太郎は年に数回、鉄斎のもとに名古屋から送られてくる「元贇焼(げんぴんやき)」をもらうのを楽しみにしていました。これはケシの実を振った硬い焼き菓子だったようです。
さて、晩年の鉄斎は甘い餡を使った菓子より、「白ういろ」(白い外郎か)を好物としていました。しかもその食べ方は山葵醤油をつけるというもの。筆者も実際に山葵醤油をたっぷりつけて試してみました。すると匂いこそ違いますが、鯨の脂肪の層を使った「本皮(ほんかわ)」の刺身や関西のおでん種で有名な「コロ」の歯触り、口解けに近いものを感じました。鉄斎は鰻など脂肪の多い魚が好きだったそうですが、もしかしたら体調管理への配慮から、代用品と考えて食べていたのかもしれません。

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

参考文献:

『富岡鉄斎』小高根太郎編 日本美術新報社 1961年

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