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歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。

※ お菓子の画像はイメージです。お問い合わせは菓子資料室 虎屋文庫までお願いいたします。

2008.05.16

源頼朝と矢口餅

矢口餅(復元)

富士の巻狩(まきがり)

鎌倉幕府初代将軍となる源頼朝(1147~99)は、伊豆国(静岡県)で挙兵すると、平家一門や、木曽義仲、弟の義経、奥州藤原氏などを次々と打倒し、建久3年(1192)征夷大将軍に任じられます。
翌年5月16日富士の裾野で催した巻狩で、嫡子の頼家(12歳)が鹿を射止ると、頼朝は狩を中断し、矢口の神事(箭祭(やまつり)とも)を行ないました。これは武家の男子が狩猟で初めて獲物を獲ったことを祝う儀式で、当人はもちろん、父の頼朝にとっても、後継者のお披露目というべき一大事でした。

3色の餅

『吾妻鏡』によると、この儀式のために、長さ8寸(約24㎝)・広さ(幅)3寸(約9㎝)・厚さ1寸(約3㎝)の、黒・赤・白の餅(矢口餅(やぐちのもち))が、各色3枚ずつ、合計9枚が3組用意されました。3人の御家人が、頼朝と頼家の前で、これを順番に食べるのです。御家人の中でも特に弓術に秀でた者たちが、この役に選ばれました。
餅を食べる際は、3色の餅を1枚ずつ重ねるのですが、重ね方はもちろん、食べる際に口をつける場所と回数、その順番まで、家によって独特の作法や決まりがあったようです。3枚重ねるとかなりの大きさですが、どうやって食べたのでしょう。
その場で見ていた頼朝も、選ばれた御家人たちの作法に興味を覚え、3人目の曾我祐信(そがすけのぶ)という御家人に作法について尋ねます。ところがこのとき祐信は、頼朝の問いに答えることなく、黙々と儀式を行なってしまいました。頼朝は非常に不満だったようですが、ちゃんと祐信にも褒美を与えています。後で改めて頼朝の問いに答えたのでしょうか。

室町時代も続く儀式

同様の儀式は、室町時代の足利将軍家でも行なわれていたことが、江戸時代の故実書からわかります。書によって「矢開(やびらき)」、「矢口開き」など名称も様々で、足つきの専用台を用意したり、手のひらに複数のる小さな餅を使ったり、内容に違いがあります。
しかし、いずれも黒・赤・白の3色の餅を、選ばれた人間が「食べる」(口をつけるだけの場合も)点では共通しています。頼朝の時代から室町幕府へと受け継がれて行った、武家の男子の重要な通過儀礼だったのでしょう。

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

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