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歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。
※ お菓子の画像はイメージです。お問い合わせは菓子資料室 虎屋文庫までお願いいたします。

2008.03.16

谷宗牧と蕨餅

漂泊の歌人

谷宗牧(たにそうぼく・?~1545)は、戦国時代の連歌師です。京に活動の拠点を置きながら、しばしば諸国を旅して京の文化と和歌を伝えました。最晩年の天文13年(1544)9月から翌年3月にかけて書かれた『東国紀行』は、湯治をかねて京から江戸まで旅をした際のものです。

戦乱の世を旅する

当時、宗牧は連歌界の第一人者として知られていたこともあり、訪れた先では大変な歓待をうけ、盛大な連歌の会が催されました。
とはいえ戦乱の世のこと。彼のもとへは合戦など各地の情報が逐一届けられます。緊張状態にある国境を通る際には、互いの領国の武士に安全のため送り迎えをしてもらうこともありました。そうしたなか、知人との旧交を温めたり、熱海で念願の湯治を楽しんだりと旅を満喫しています。一方で京を懐かしむ気持ちも強く、旅先で12月15日の鬼やらいの豆打ちの声を聞いたり、3月3日の上巳の節句の草餅を見た時には「都思ひ出でられたり」と記しています。

蕨餅に舌鼓

さて、ある日宗牧は日坂(静岡県)の茶屋で休憩をとります。そこで出されたのが名物の蕨餅でした。宗牧はかつて食べたことがあったようで、感慨もひとしおに「年たけて又くふ(食)べしと思ひきや蕨もちひ(餅)も命なりけり」と歌を詠んでいます。これは西行の和歌をもとにしたのでしょう、おいしい蕨餅で旅の疲れを癒す様子がうかがえます。
蕨餅は、蕨の根から取れる澱粉で作る菓子で、街道の整備に伴い江戸時代には広く知られるようになりました。しかし、大量販売のためか蕨粉だけで作るのは難しくなったようです。江戸時代初期の儒学者林羅山(はやしらざん)の『丙辰紀行(へいしんきこう)』(1638)には、蕨粉と葛粉をあわせた生地を蒸し、塩味の黄粉をかけたと書いてあります。さて、宗牧の時代はどうだったのでしょうか。『丙辰紀行』より100年近く遡りますので、あるいは蕨粉だけで作られていたかもしれませんね。

※ 年たけて又こゆべしと思ひきや いのちなりけり さ夜の中山(『新古今和歌集』羇旅歌)

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

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