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歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。

※ お菓子の画像はイメージです。お問い合わせは菓子資料室 虎屋文庫までお願いいたします。

2008.02.16

井上馨と熟柿形

熟した柿を表現した『木練柿』(とらや製)

政財界の実力者

井上馨(1836~1915)は外交、財政の面で活躍した長州出身政治家で、実業界の発展にも寄与しました。「雷」とあだ名される性分もあいまって、引退後も政財界に恐れられる元老として君臨します。その一方で世外(せいがい)と号し、仏教美術を茶に取り入れるなど、古美術に対する見識眼の高い茶人でもありました。

井上料理

世外の料理は「井上料理」と呼ばれ、独自の感性とこだわりから作られています。特に6種の素材を使って、料理ごとに配合比を変えて作られる出汁は「井上料理」の根本とされていました。また彼の漬けた沢庵は、親友伊藤博文も好物で、世外に見つからないように女中さんから内緒で分けてもらっていたとのこと。大正天皇(当時皇太子)もその沢庵を食し、後日、宮中での調理を司る大膳職に対して「井上に往って習って来い」との仰せがあったとのエピソードも伝わっています。

菓子にもこだわる

世外の茶事記録を読んでいると、菓子選びにもこだわりがあったことが分かります。 まず明治45年(1912)3月、興津(現静岡県清水区)での茶会では、雛祭りにちなみ、手製の蓬饅頭が用意されます。上巳の節句の厄除けから蓬を使ったのでしょう。懐石道具も雛道具のような小さな器を用いたと記されています。 同年4月4日、自らの喜寿祝賀会の薄茶席では、自筆の喜の字が打ち出された紅白の干菓子を用意しています。 圧巻は大正2年(1913)11月、加賀の客人を招いての麻布内田山自邸での茶会です。茶道具、懐石の器と呉須赤絵揃え、菓子は紅葉した柿の葉に熟れた柿を思わせる『熟柿形』を取り合わせた秋色尽くしです。さらに中立ち後、席へ戻ると床には唐絵、牧渓(もっけい 南宋時代頃)の「栗柿の絵」が掛けられていたのです。ここまでくると取り合わせへの執念というしかありません。 齢を重ね、様々な経験を通して、すべてを知り尽くした上でのこうしたこだわりは、むしろ、くどさや、可笑しみを越えた、純粋さ、崇高ささえも感じさせてくれるのではないでしょうか。

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

参考文献:

井上馨侯伝記編纂会 『世外井上公伝』第5巻 内外書籍

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