歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。
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2007.10.16

徳川吉宗と白雪糕

将軍吉宗の人材登用

いわゆる「享保の改革」で著名な八代将軍吉宗(1684~1751)は、紀州徳川家当主から将軍となったため、紀州時代からの家臣をはじめ、新たに多くの人材を幕臣に取り立てました。それまで重要な役職につくには領地を多く持っていることが条件でした。これを変え、領地が少なく身分の低い者でも、役職についている間だけ領地を加増する、というのが「足高(たしだか)の制」です。この制度によって表舞台に立った一人に名奉行大岡越前守忠相がいます。

家臣に白雪糕(はくせつこう)を贈る

吉宗はただ有能な家臣を取り立てただけでなく、彼らを非常に大事にしていました。大岡忠相同様吉宗に見出されて、後に老中となった大久保常春という人物がいます。彼の息子忠胤が疱瘡(ほうそう)にかかった際、吉宗は「御庭」すなわち吹上御庭の蓮で作った白雪こうを贈りました(『徳川実記』)。
白雪こうはうるち米の粉ともち米の粉を砂糖と合わせて押し固め、蒸し上げて作るお菓子です。後には、いら粉などの熱処理した米の粉を使用する落雁と製法の違いがなくなってしまいました。また、けん実(けんじつ:けんはくさかんむりに欠、スイレン科オニバスの実)・蓮肉(蓮の実の白い胚乳)・山薬(さんやく:ヤマノイモの粉末)を入れて作るものもあり、薬白雪こうと呼ばれることもあります。『和漢三才図会』(1712自序)には、こちらの製法が記載され、主に疲労や食欲不振に効果があるとされています。病に冒された息子を心配する常春へ、吉宗が贈ったのはこの薬白雪こうであったと考えた方が自然でしょう。滋養のある白雪こうで体力をつけさせようという吉宗の心遣いが感じられます。
白雪こうが功を奏したのか、忠胤は疱瘡を乗り越えて70歳の長寿を保ち、吉宗の息子である9代将軍家重を支えていくことになります(『寛政重修諸家譜』)。

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

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