歴史上の人物と和菓子

エドワード・モースと奇妙な菓子

掲載日:
2007月04月16日

イラスト:森田ミホ

お菓子にも興味

大森貝塚の発見で名高いエドワード・モース(1838~1925)については、以前にもとりあげました。明治初期に来日した際のことを記した『日本その日その日』(平凡社東洋文庫)には、新年のお祝いに羊羹を貰ったことや、お茶会の様子など、菓子の記述も少なからず見られます。今回は彼が明治時代の東京で見つけた菓子について、ご紹介いたしましょう。

山椒魚の焼菓子?

ある日モースが裏道を歩いていたところ、「パンみたいな物を、子供のために、山椒魚その他の奇妙な生き物の形に焼いたもの」を見つけました。ヒモにしっぽを引っかけてぶら下がっている、細長い山椒魚(?)の焼菓子のスケッチもあります。確かに、なかなか奇妙です。
また、ヒキガエルや虫などの形の菓子を作っているところがあること、そして、とてもよくできているそれらの菓子を「ひるまずに食った人が勝負に勝つ」ことを、モースは記録しています。他にも砂糖菓子や寒天で、同様の不気味な形の食べ物を作ることもあったのだとか。山椒魚以外は直接見たわけではなく、聞いた話として書かれているのですが、それらを食べるには(実際には美味しいのだが)「大変な努力を必要とする」という書きようには、なぜか実感がこもっています。
現在では、リアルな虫形の和菓子など、あまり聞いたことがありませんが、モースは別の時に、写実的なきのこ形の砂糖菓子を見て感心していますので、明治時代の日本では、動物に限らず、こうした「そっくり菓子」がよく作られていたのかもしれません。他に例を見ない、おもしろい記録と思われます。
今回の復元イラストは、少々可愛らしくなっていますので、こんな焼菓子なら、「努力」しなくても食べられそうですね。なお、2007年5月18日から6月17日まで開催の「和菓子百珍」展その2では、こうした変わった菓子のエピソードの数々をご紹介いたします。

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