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歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。

※ お菓子の画像はイメージです。お問い合わせは菓子資料室 虎屋文庫までお願いいたします。

2007.03.16

日蓮と粽・青ざし

日蓮と身延山

日蓮(1222~82)は貞応元年に安房国(千葉県)小湊に生まれました。自らを海士の子と称していますが、実際には荘園の管理をしていた荘官を父に誕生したと言われています。最初は地元の天台宗寺院で修行した後、鎌倉や比叡山などに学び研鑽を重ねて日蓮宗(法華宗)を開きました。
他宗派を厳しく批判した日蓮は、幕府から二度にわたって流罪に処せられるなどの迫害を受けました。当時は蒙古襲来など国難が続いた時期であり、佐渡流罪から赦免された後に、再度幕府に諫言を行いましたが、受け入れられず自ら甲斐国身延山(山梨県)に入って庵を構えています。
山深い身延は食料も乏しく、ことに冬の寒さは厳しいものでした。日蓮の身を案じた信者たちは、こころをこめた食物を身延へ届けました。贈られた食物は、米や麦あるいは餅のほか牛蒡、大根や茄子をはじめとする蔬菜類、里芋や山芋、果物ではざくろ・柿・みかん・栗、味噌や塩の調味料、酒や菓子などの嗜好品も含まれていました。また、昆布などの海藻類も多く、海辺育ちの日蓮は海苔の供物に幼い日を思い出しています。日蓮は贈り物には礼状をしたためていますが、感謝とともに信者を思いやる気持ちが伝わってきます。

端午の贈り物

弘安元年(1278)の5月1日付の書状によれば粽と青ざしが届けられました。また5月3日付の書状では、粽五把とタケノコに酒を贈られたことが書かれて、「訪れる人もなかった身延に、ほととぎすの一声のように嬉しくありがたい」と感謝の気持ちを記しています。
粽と言えば端午の節句にはつきものの食べ物、平安時代の『和名類聚抄』にも5月5日食べると記されています。ただし当時の粽は米を真菰の葉などで包んで蒸したものでした。何れにしても端午の節句を祝う贈り手の心遣いが感じられます。
青ざしは平安時代には見られる食物で、『枕草子』ではやはり5月5日に贈り物にされていました。煎った青い麦を臼で挽いてよった糸のようにした食物で、もっとも古い国産の菓子のひとつとも言われています。時代はくだりますが、江戸時代の松尾芭蕉は「青ざしや草餅の穂に出つらん」という句を残しており、広く食べられていたようです。
粽や青ざしは日蓮にとって端午の節句の味だったのでしょう。

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

参考文献:

目黒きよ『日蓮聖人と女人の食供養』講談社出版サービスセンター 1998年

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