歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。
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2007.02.16

前田利鬯と辻占昆布

大聖寺(だいしょうじ)藩最後の藩主

前田利鬯(まえだとしか・1842~1902)は、金沢藩の支藩、大聖寺藩の最後の藩主です。明治維新後は藩知事を経て華族に列せられ、東京に移住して宮内省に勤めることになりました。
藩主時代には、政情についての意見を藩内から広く集めるなど、藩政に力を入れた利鬯ですが、一方で書画や茶道、能楽に造詣が深いことでも知られます。

仕事の合間にお菓子を楽しむ

利鬯が41歳の明治14年(1881)、東北鉄道(現在のJR北陸本線)敷設推進運動のため、帰郷します。その際記したのが『御帰県日記(ごきけんにっき)』で、金沢や能登半島を精力的に巡回したことを綴っています。
もちろん仕事だけではありません。多忙な日程を縫い、書画を揮毫したり、家族へ手紙を送ったり、知人宅へ茶会に出かけたことなども書いています。
なかでも頻繁に出てくるのが食べ物です。帰郷途中、石動(いするぎ=富山県)では、昼食に種を抜いた西瓜が出されました。利鬯はそれを菓子と見違えるのですが「妙趣」と感心したり、本家の前田邸で出された栗餡がけのきび団子を「美味ニシテ雅品」と言っています。恐らく自身美食家だったのでしょう、訪れた先々で出されるものを楽しみにしていた風が日記の端々から感じられます。

辻占昆布(つじうらこんぶ)に見た未来

明治15年、利鬯は故郷での活動を終え、東京に戻ります。その途中、今庄(いまじょう=福井県)の宿でのできごとです。夕食に酒の肴として辻占昆布が二つ出されました。中に入っている占いの紙を利鬯が開くと、ひとつには「花サク時ヲ待ツガ良シ」、もうひとつには「大願成就スル」とあり、きっと鉄道敷設の願いが叶うと喜びます。辻占とは、一般に占い紙入りの菓子のことで、現在では小麦煎餅のものが知られます。
この時は残念ながら鉄道敷設に到りませんでしたが、17年後明治32年(1899)、北陸本線が開通します。時間がかかったものの、利鬯の願いは実現したといえましょう。

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

 

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