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歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。
※ お菓子の画像はイメージです。お問い合わせは菓子資料室 虎屋文庫までお願いいたします。

2006.09.16

貝原益軒と柚餅子、砂糖漬

『大和本草』表紙と仏手柑の記載部分

日本の本草学のさきがけ

江戸時代前期の福岡藩士、貝原益軒(かいばらえきけん・1630~1714)は、それまで中国伝来の知識に依存していた本草学(ほんぞうがく)を日本独自の研究へと高めるさきがけとなった学者です。本草学とは、主に薬や食物となる動植鉱物などの知識を体系的にまとめる学問です。益軒は自宅の庭に野菜や花を栽培するなど、実証的に自らの本草学を展開していきました。

著作に見る菓子関係の記述

益軒は多くの著作を残していますが、そのなかには菓子に関する記述もあります。例えば『日本歳時記』(1688)では、年中行事の菓子として、上巳の草餅や端午の粽に触れています。また、旧暦11月に柚子を買い、柚餅子(ゆべし)を作ることをすすめ、製法も詳しく書いています。柚子の中身をくりぬき、砂糖、味噌、胡麻、胡桃などを混ぜたものを詰めて蒸し、干す作り方で、現在石川県輪島ほかで作られる「丸ゆべし」の製法に近いと思われます。
益軒はこのほか、『大和本草』(1709)の果木の項で、仏手柑(ぶしゅかん)は、生食には向かないが、蜜漬に用いると香りが良い、と書いています。仏手柑とは仏の手のような形の柑橘類です。‘蜜漬’は果物や野菜を蜜で煮て砂糖に漬けた砂糖漬をさすと思われます。
彼の著作以外にも『和漢三才図会』(1712自序)の砂糖漬菓子の項に、蜜柑などとともに仏手柑が記されており、仏手柑の砂糖漬は当時、よく知られていたようです。

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

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