歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。
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2006.06.16

大田南畝と氷餅

文人と幕臣

大田南畝(おおたなんぽ・1749~1823)は、狂歌・黄表紙や、『仮名世説』『一話一言』など多数の随筆を残した文人として知られています。その一方で長崎奉行所に派遣されたり、玉川水防の巡視に任命されるなど、有能な幕臣でもありました。

初めての旅

南畝は53歳の時、幕府より大坂銅座へ1年間の赴任を命ぜられ、初めて江戸を離れます。老境に差し掛かったとはいえ、見聞を広める旅は、大層な喜びとなりました。往路の道中日記『改元紀行』には、「境川の橋をわたりて三河の国なり。左に小松原観音道あり」とあるように、橋や分岐点、道標などももらさず書いており、旅への思いがうかがえます。

旅の土産に氷餅

1年間の任務を無事終え、南畝は中山道経由で江戸に帰ることになりました。そのときの記録『壬戌紀行』には、木曽の合戸村で餡餅を食べたことなども書かれています。また、下諏訪(長野県)の先の西餅屋では、名物の氷餅を買っており、袋に「日野屋六兵衛」と書いてあったことや、その先の東餅屋では氷餅を売っていなかったことを記しています。
餅の形状については言及していませんが、諏訪地方では冬期にもち米を水とともにすりつぶして煮、凍結乾燥させた氷餅が知られます。大変軽いもので、保存食として珍重され、湯で溶いて食べるほか、砕いて生菓子にまぶして使います。地方の珍しい食べ物ということもあって、南畝は旅の土産にと考えたのでしょうか。
南畝は家族や知人との再会を心待ちにしていたのでしょう、最後に江戸で出迎えた人たちについてうれしそうに記し、日記を終えています。久しぶりのわが家で、土産話をしつつ氷餅を家族に渡したのかもしれません。

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

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