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歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。
※ お菓子の画像はイメージです。お問い合わせは菓子資料室 虎屋文庫までお願いいたします。

2006.04.16

徳川家茂-虎屋の将軍家御用と摺針餅

徳川14代将軍の菓子御用

徳川家茂(1846~66)は風雲急を告げる幕末の動乱期、わずか13歳で将軍の座につきました。皇女和宮を正室に迎えたことでも知られ、政略結婚ながら2人の仲は睦まじかったといわれています(「和宮と月見饅」の項参照)
家茂が孝明天皇と対面するため三度にわたり上洛した際、虎屋は京における将軍の菓子御用を承りました。家茂から孝明天皇へは「夜の梅」「延年」「春気色」など、後に明治天皇となる睦仁親王には一対のギヤマンに入れた干菓子を贈ったことなどが記録に残っています。

道中の名物に舌鼓

家茂の京都・大坂行きの道中では、各地で様々な食べ物が献上されました。多くは家来に下げ渡されましたが、「安倍川餅」や大坂の「喰らわんか餅」などは自ら食べています。二度目の上洛の際立ち寄った摺針峠(滋賀県)の「摺針餅」もその一つで、家茂は餅を堪能した後、さらにもう一箱を次の宿泊地へ送っておくように命じています。気に入って、もっと食べたくなったのかもしれません。ちなみに餅を商っていた望湖堂は琵琶湖を見下ろす絶景の地にあり、大名も立ち寄る立派な建物でした。
この後京都、大坂へ向かった家茂ですが、江戸に戻ることなく21歳の若さで病没します。将軍の道中を楽しませた摺針餅も、俵形の餡餅という伝承はあるものの詳細は不明で、現在は幻の名物となってしまいました。

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

参考文献:

『続徳川実紀』

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