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歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。
※ お菓子の画像はイメージです。お問い合わせは菓子資料室 虎屋文庫までお願いいたします。

2006.02.16

宮沢賢治と菓子

珠玉の童話と多彩な活動

『雨ニモマケズ』、『風の又三郎』、『銀河鉄道の夜』などたくさんの名作を遺した宮沢賢治(1896~1933)は、明治29年岩手県花巻で生まれました。賢治は盛岡高等農林学校卒業後、花巻農学校の教師として農村子弟の教育にあたりながら、多くの詩や童話の創作を続けていました。30歳で農学校を退職し、独自に農民講座を開設して、青年たちに農業を指導しますが、その後2度病に倒れ、ついに昭和8年に37歳の若さで世を去ります。
宮沢賢治は、現在では、詩や童話が有名ですが、教育者であり、農業者でもあり、哲学・宗教・美術・音楽など、色々な分野にも興味を持っていたようです。

童話の中のお菓子

子供たちに優しく語りかける童話の世界には、甘い菓子はかかせないモチーフといえます。賢治の作品に登場するお菓子は、餅、団子、飴、金平糖、パイ、ワッフルほか果物などもあわせると、驚くほど、バラエティに富んでいます。その中の一つをご紹介します。
『鹿踊りのはじまり』という童話は、主人公の嘉十が、湯治に行く途中の小休止の折に、野原で自家製であろう粟と栃でできた団子を食べることからはじまります。嘉十は、残った団子をもったいないと思い、鹿のために置いていきますが、そばに、手ぬぐいを忘れてしまいます。鹿たちは、見たこともない手ぬぐいに恐れを感じ、魅力的な団子をなかなか口にすることが出来ません。少しずつ近づき、やっと食べることができると、喜び勇んで踊りだすというあらすじです。鹿の姿をそっと覗く嘉十の姿がほほえましい話です。この童話は、遠野地方に伝わる伝統芸能「鹿踊り」の「始まり」として、賢治が創作したといわれています。
賢治自身の生活の中にも定着していた菓子は、餅・団子類といえ、遠野地方には、多様な餅が伝承されていることにも結びつきます。そして、農業に携わり、自ら作物を作っていた賢治にとって、菓子は嗜好品の一つというよりも、神聖なものであり、宝物のように感じていたのではないでしょうか。

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

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