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歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。
※ お菓子の画像はイメージです。お問い合わせは菓子資料室 虎屋文庫までお願いいたします。

2005.09.16

伊勢貞丈と葛切

江戸時代の有職故実家

伊勢貞丈(いせさだたけ・1717~84)は、八代将軍徳川吉宗治世下の享保2年(1717)、江戸の麻布鷺森に生まれました。伊勢家は室町幕府政所執事(まんどころしつじ)の家柄で代々武家の礼法故実に詳しく、貞丈も江戸幕府の旗本として、諸儀式にあたりました。貞丈の故実研究の成果は、『貞丈雑記』(ていじょうざっき)『安斎随筆』『軍用記』『武器考証』など多くの著作に結実しています。武家のみならず公家の礼法、そして神道にも及ぶそれらの内容は、今なお有職故実の研究に役立っています。

研究の集大成『貞丈雑記』

数多くの著作の中でも、宝暦13年(1763)より没年までの20年間に筆録した『貞丈雑記』は、研究の集大成といえるでしょう。16巻に及ぶ大作で、官職、装束、飲食、調度、武具などの36もの部類の下に2350の項目が収載されています。飲食の部には「点心の事」「きんとんの事」などの項目があり、菓子研究の上でも注目すべき記述が数多くあります。

葛切はなぜ水仙?

ここでは例として、葛切をあげましょう。葛切はかつて「水繊(煎)」(すいせん)と呼ばれましたが、同時に「水仙」とも表記されました。これについて同書の「水繊の事」には、「(略)葛の粉をねり砂糖を入れて薄くひろげて、さまして短尺の如く小さく切りたる物なり。黄と白の二色を交うるなり。本は「水仙羹」なるべし。水仙の花の色なり。…」とあります。ここから、葛切(水繊)はかつて黄と白の短冊状の食べ物で、色合いが水仙の花色を思わせたことから水仙羹と呼ばれていたことがわかります。
今でも葛粽を「水仙粽」と呼んだり、虎屋の生菓子「水仙巌の花」「水仙常夏」のように、葛粉を使った菓子に「水仙」を冠したりするのも、このためでしょう。貞丈のおかげでその関連性を知ることができるわけで、貴重な資料を残してくれたことをありがたく思わずにはいられません。

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

参考文献:

『貞丈雑記』島田勇雄校注 東洋文庫

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