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歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。
※ お菓子の画像はイメージです。お問い合わせは菓子資料室 虎屋文庫までお願いいたします。

2005.01.16

中勘助と駄菓子

「仙台駄菓子づくし」 いせ辰より

『銀の匙』で有名に

中勘助(なかかんすけ・1885~1965)は明治18年、東京神田生まれの作家です。代表作の『銀の匙(ぎんのさじ)』は、大正2年(1913)と4年に、夏目漱石の推薦で『東京朝日新聞』に連載されたもので、今も珠玉の名品として読みつがれています。題名は、生まれつき病弱で叔母に銀の匙で薬を飲まされて育った思い出にちなんでおり、幼少より17歳の青春期までが回想するように綴られています。明治時代の年中行事や風俗が細やかに描かれている作品ですが、そのなかでも駄菓子についての記述は、多くの読者にとって幼い日の記憶を蘇らせてくれるものでしょう。

駄菓子の思い出

勘助のいきつけの駄菓子屋は藁屋根の古い造りで、お爺さん、お婆さんが店番をしていました。店は古びていてもそこで目にする色とりどりの駄菓子の数々は、子供にとって宝物のようなものだったのでしょう。
「…きんか糖、きんぎょく糖、てんもん糖、微塵棒。竹の羊羹は口にくわえると青竹の匂がしてつるりと舌のうえにすべりだす。飴のなかのおたさんは泣いたり笑ったりしていろんな向きに顔をみせる。青や赤の縞になったのをこっきり噛み折って吸ってみると鬆(す)のなかから甘い風が出る。…」
順に触れると、「きんか糖」は、砂糖液を木型に入れて固めて作る菓子、きんぎょく糖は寒天と砂糖を溶かし煮詰めたもの。「てんもん糖」は、天門冬(草杉蔓)の砂糖漬けでしょうか。「微塵棒」は、みじん粉(もち米を加工し細かにした粉)に砂糖を加え、棒状にねじった菓子、「竹の羊羹」は、「竹筒にはいった(竹流し)羊羹」と思われます。「飴のなかのおたさん」は、金太郎飴の女性版、お多福飴のこと。大人になっても幼年時代に味わった駄菓子の感動を、忘れることなく美文に残した中勘助の感性には、はっとさせられるものがあるのではないでしょうか。

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

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