歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。
※ お菓子の画像はイメージです。お問い合わせは菓子資料室 虎屋文庫までお願いいたします。

2004.10.16

十返舎一九と菓子

東海道 双川の柏餅

『東海道中膝栗毛』

十返舎一九(1769~1837)は『東海道中膝栗毛』(以下『膝栗毛』)の作者として知られています。
『膝栗毛』は弥次郎兵衛、喜多八が伊勢、京都、難波に向かって東海道を旅する中でおこす失敗や思い違いなどを面白おかしく描いた話です。当時の読者は自分ならこんなことはするまいと笑いながらも、文中に出てくる宿屋、茶屋、船、街道で行きかう人々、各地の風俗の違いなどを想像して、旅への憧れをつのらせたことでしょう。

『膝栗毛』と菓子

東海道は江戸時代、旅行者が飛躍的に増えました。宿駅が整備され、道中案内書などもできたことから鞠子(まりこ)のとろろ汁、桑名の焼き蛤、府中の安倍川餅等々の食べ物が広く知られるようになりました。
『膝栗毛』にも弥次、喜多の2人がそれらを美味しそうに食べる場面が出てきます。2人はとても甘いもの好きで、道中に出てくる菓子は餅、団子、外郎、安倍川餅、饅頭、牡丹餅、柏餅、鶉焼(鶉形の餅菓子)など。藤沢のあやしげな茶店では火のついた黒焦げの団子を食べ、三河国今村の建場では亭主を騙して鶉焼を一文安く買ったりしています。四日市の追分では、弥次郎兵衛がかつて江戸の幕府御用菓子司鳥飼和泉(とりかいいずみ)の近所に住み、毎日50~60個ほどの饅頭をお茶請けに食べていたと自慢したことが、饅頭の大食い競争に発展し、結局代金233文と金毘羅様への初穂料300文を払わされました。
また、五右衛門風呂の構造を説明するところでは「もちや(餅屋)のどらや(焼)きをや(焼)くごときのうす(薄)べらなるなべ(鍋)」、蒟蒻の水気を取るための焼き石については「大ふくもち(福餅)の大きさのごときくろ(黒)きもの」などと表現する箇所もあり、おかしみを誘います。
一九は『膝栗毛』刊行の3年後に菓子製法書『餅菓子即席手製集』(文化2年)を刊行しています。菓子好きでもあったことが上記のような記述につながったのでしょう。

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

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