歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。
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2004.07.16

徳川吉宗と桜餅

とらや製桜餅。長命寺の桜餅と同じ 小麦粉製です。

吉宗の公園政策

江戸幕府八代将軍徳川吉宗(1684~1751)は、幕府中興の 英主として知られています。彼は財政の立て直しや、人事制度の刷新などを実現していま すが、江戸の庶民生活に潤いを与える政策も 実施しています。
18世紀初頭の江戸は、人口100万を超 える世界最大の都市、しかも人口の約半分を占める武士が、土地の70%近くを屋敷など に使用していました。町人達庶民は、寺院や 神社などを除いた約16%の土地にまさしく密集して住んでいたのです。
人口密度の高い都市生活には、憩いの場が 必要でしたが、当時の江戸に「公園」のよう な空間はありません。そうした状況に、吉宗 は現在の公園に類する場所を作り始めるのです。中野には、生類憐みの令によって10万匹の犬を収容した犬小屋がありました。吉宗 は、犬小屋の跡地に桃を植えて庶民に開放しました。また飛鳥山や御殿山にも桜などを植樹して、市民の憩う「公園」を作ったのです。

向島名物桜餅

現在に続く江戸名菓、向島長命寺の桜餅は、吉宗の「公園政策」によって生み出されたのです。享保2年(1717)、吉宗は隅田川東岸の向島を訪れました。ところがどうも景色 が寂しいのです。そこで川の堤に桜の木を植 えるよう命じました。結果、浅草から向島界隈の隅田川堤は、桜の名所になり季節ともな れば、多くの人々が花見に訪れるようになりました。また、近くには木母寺や浅草など名所も多く、1年を通して江戸市民の憩う場所 になりました。
さて桜餅です。向島長命寺の門番をしてい た人物が、吉宗によって植樹された桜の葉を塩漬けにして、その葉で餡を入れた餅を挟みました。これが桜餅の始めと言われています。まさしく吉宗が桜餅誕生に一役買ったと言えましょう。その後、長命寺の桜餅(山本屋)は 江戸を代表する名物となり多くの人々に親しまれ、文政7年(1824)には、年間38万個以上が作られたそうです。
現在桜餅は、小麦粉生地が関東風、道明寺 生地は関西風となっていますが、かつては餅粉や葛粉で作られる事もありました。

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

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