歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。
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2003.07.16

井原西鶴と嘉祥の菓子

嘉祥喰いの図 *東京都立中央図書館河田文庫所蔵

西鶴の作品に見る菓子

大阪生まれの井原西鶴(1642~93)は、『好色一代男』、『世間胸算用』、『日本永代蔵(にっぽんえいたいぐら)』など多くの町人文学を残しましたが、その中には食に関する記述が多く、羊羹、饅頭、きんつばなど、当時の庶民が好んだ菓子もいろいろ登場します。 例えば、貞享(じょうきょう)元年(1684)に出版された、『好色二代男』としても知られる『諸艶大鑑(しょえんおおかがみ)』では、京都島原の扇屋という遊里での嘉祥の様子が次のように書かれています。
「 今日嘉祥喰とて二口屋のまんぢう、道喜が笹粽、虎屋のやうかん、東寺瓜、大宮の初葡萄、粟田口の覆盆子(いちご)、醒井餅(さめがいもち)取りまぜて十六色」
このように16種類の菓子や果物などが用意された場面には挿絵もついており(図参照)、盛り上がる宴のようすがよく伝わってきます。 嘉祥とは旧暦6月16日に菓子や餅を食べ、厄除け・招福を願った行事です。江戸時代、幕府や宮中の年中行事のひとつになるなど盛んに行われました。虎屋にも、御所へ嘉祥用の菓子を納めた記録が残っています。なお、引用中の二口屋(菓子屋)、道喜(粽司)は虎屋と同じく御所御用を承っていました。道喜は川端道喜として現存しています。

菓子事情に詳しい西鶴

西鶴の作品の中に登場する菓子は上記にとどまりません。例えば、同じく『諸艶大鑑』には「山吹餅」と「玉子餅」という菓子も出てきます。前者は山吹色の連想からくちなしの実で黄色にした餅、後者は中身を黄色くし、玉子に見立てた餅と解釈されます。 さらには、『日本永代蔵』では長崎の町人が金平糖の製造に成功し、大もうけする話も描かれるなど、西鶴は当時の菓子事情にかなり通じていたことがうかがえ、興味深いものがあります。

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

 

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