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歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。
※ お菓子の画像はイメージです。お問い合わせは菓子資料室 虎屋文庫までお願いいたします。

2003.03.16

滝沢馬琴と菓子

馬琴も彼岸に食べた牡丹餅(おはぎ)

戯作者、馬琴の残した日記

曲亭(滝沢)馬琴(1767~1848)を知らなくても、『南総里見八犬伝』の作者と聞けば、「ああ、あの…」と親しみを感じる方は多いのではないでしょうか?八人の犬(剣)士が大活躍するこの物語、映画や芝居、コミックの題材にもなっており、今も変らぬ魅力を放っています。
馬琴は江戸深川に下級武士の子として生まれ、放浪生活を経て山東京伝に入門し、履物商伊勢屋に入婿となった後、著述業に専念したといいます。
『南総里見八犬伝』は晩年の最高傑作とされますが、おもしろいことに馬琴はこの創作時期を含む文政9年(1826)から嘉永元年(1848)まで日記を残しています。

庶民と同じ日常生活

当時すでに高名な戯作者だったとはいえ、今のような印税のしくみがなかったため、馬琴の暮らしぶりは中程度の町人程度。生活は質素で、家で食事をすることが多かったようです。几帳面な性格ゆえか、日記の記述は細部にわたっており、食べ物のこともよくでてきます。

意外に多い菓子の記述

お菓子関連では、2月1日に「鏡開き」で汁粉、5月5日の端午の節句に柏餅、春秋のお彼岸に牡丹餅など、行事がらみのものが目につきます。
また、饅頭、落雁、水飴、羊羹など、私たちにもおなじみの菓子が見えるのは、親しみを感じさせるところ。たとえば羊羹は、天保2年(1831)2月11日の「…疱瘡見舞として、煉羊肝(羊羹)、被贈之」などを例に、病気見舞いや贈答品としてたびたび使われています。寒天を使って煉り込む煉羊羹は寛政年間(1789~1804)に江戸で考案されたといい、この頃にはそれまでの蒸羊羹にかわって、人気を得ていたのでしょう。
虚構の世界に思いを巡らす作家像に、菓子を楽しむ市井人、馬琴の姿が重なってなんだかほのぼのしてきます。

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

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