歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。
※ お菓子の画像はイメージです。お問い合わせは菓子資料室 虎屋文庫までお願いいたします。

2003.02.16

井伊直弼と千歳鮨

幕末の大老にして大名茶人

井伊直弼(1815~60)は、幕末に大老に就任し、日米修好通商条約を結びますが、安政7年3月3日、桜田門外で暗殺されてしまいます。豪腕政治家としてのイメージが強い直弼ですが、大変な趣味人でもあったということはあまり知られていません。
直弼には多くの兄がいたため、政治の表舞台に立つ望みは絶たれていました。その才能と情熱は茶の湯、陶芸、剣術、和歌、能楽などに傾けられ、どれも玄人顔負けの腕前になります。特に茶の湯には造詣が深く、直弼執筆の『茶湯一会集』は、近世茶書の圧巻と言われています。

直弼の茶会記と菓子

兄の死によって彦根35万石を継いだ後も直弼は盛んに茶会を催し、200回以上の茶会記を詳細に書き残しています。茶菓子の銘や器についても記載があり、松風、友千鳥は京製、ふのやきは手製、羊羹は伏見のものであるなど、菓子にもこだわりがあったようです。

千歳鮨―菓子なのに「鮨」?

菓子の中には千歳鮨という変わった名も見えます。菓子なのに「鮨」なんておかしいですね。直弼は彦根や江戸の茶会で用いており、虎屋の御所御用の記録にも見えるので、京や江戸で作られていたようです。写真は現在虎屋がお作りしている千歳鮨で、求肥で餡を包み、和三盆糖をまぶしています。
菓銘の由来はよくわかっていませんが、江戸時代の製法書に「鮨饅頭」という菓子があり、求肥を煎粉に漬けると書かれています。このことから、魚を飯に漬ける馴鮨(なれずし)のように、かつては木箱などに粉か砂糖を満たし、その中に求肥を入れていたのでは?と想像されます。

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

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