歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。
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2002.10.16

渋沢栄一と虎屋の菓子

若葉蔭

近代産業の生みの親

渋沢栄一は近代日本を代表する実業家です。第一国立銀行(現みずほ銀行)を設立、また東京海上火災保険、東京ガス、清水建設、王子製紙、新日本製鉄やサッポロビールに帝国ホテルをはじめ日本の代表的な企業を創設しています。また東京証券取引所や東京商工会議所の設立にもかかわりました。

栄一の生涯

渋沢栄一は、現在の埼玉県深谷市に豪農の長男として生まれました。若くして一橋慶喜に仕え、慶応3年(1867)にはヨーロッパに渡り、近代的な技術や経済について見聞を広めました。  維新後は大蔵省に出仕し、明治6年(1873)の辞職後は、まさに日本経済の発展に尽くしています。しかし、多くの企業にかかわりながら、三菱や三井をはじめとする財閥のように、巨大な財産を成していません。彼の生き方は、いわば日本経済のプロデューサーに徹したものといえます。

虎屋の菓子

永く御所の御用を勤めてきた虎屋は、東京遷都後も菓子のご注文をいただいていますが、なかには贈答用の菓子もありました。 明治37年(1904)肺炎から一時危篤になった栄一に、明治天皇は見舞の菓子を贈っています。孫の敬三(後の日銀総裁・大蔵大臣)の回想によれば、四角い寒天の中に、羊羹で作られた金魚が2匹浮かんでいる美しい菓子ということでした(佐野眞一『渋沢家三代』)。 寒天を使った透明な菓子を虎屋では琥珀製と呼んでいます。琥珀製で金魚が泳いでいる菓子には、「蝉の小川」と「若葉蔭」がありますが、年代的にこの時の菓子は、「蝉の小川」のことでしょう。虎屋には渋沢家からのご注文記録も残されています。たとえば大正2年(1913)には、9回にわたってお菓子のご注文をいただいており、「夜の梅」や「塩の山」あるいは「羊羹粽」などをお届けしています。なかには餡なしとご指定の「椿餅」もありました。渋沢家の方々のお好みだったのでしょうか、興味深い所です。

※  現在「蝉の小川」の金魚は練切で3匹となっています。また、特注品となっています。

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

 

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