歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。
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2001.03.01

市川団十郎(二代目)と外郎

「2代目市川団十郎図」
「2代目市川団十郎図」
(鳥居清朝 江戸時代)

もとは、薬!

十八番 (おはこ:得意芸の意) の語源にもなっている『歌舞伎十八番 (かぶきじゅうはちばん)』とは、歌舞伎役者の家、市川宗家の得意な18演目をさします。2代目団十郎は、このうちのいくつもを当たり芸とした名優です。

「拙者親方と申すは…」に始まる「外郎売」もそのひとつで、2代目団十郎の代表作といえます。持病の咳が、薬の外郎により治ったことに感謝して享保3年 (1718)に初演しました。こんなに効くものだと、外郎の効能を早口でおもしろおかしくまくしたてる内容です。そのせりふの難しさは、現代でも若手俳優が取り組むと、周囲に注目されるほどです。

さて、芝居に登場するのは「薬の外郎」です。中国伝来の薬で、「透頂香 (とうちんこう)」とも呼ばれ、かつて中国で礼部員外郎という役職にあった陳宗敬 (*) の子孫が、小田原で製造販売をしたといわれています。「外郎」とは、この官職名に因んだ家の名であり、外郎家の薬の意で薬の名にもなりました。東海道の宿駅だった小田原の名物となったのです。

* 宗敬の名は『居家四本補亡書後題』(1480) による。小田原外郎藤右衛門に伝わる『陳外郎家譜』によれば、陳延祐という。

端午の節句の粽(外良製)
端午の節句の粽(外良製)

お菓子!?「外郎」

ところで、どうしてお菓子の外郎も「外郎」と呼ぶようになったのでしょうか。いろいろな説があります。室町時代、外郎家の2代目当主が、日本を訪れた外国使節の接待のために菓子を作りました。そこから外郎家の菓子の意とも、薬の口直しに食べられたためともいわれています。口当たりもよく食べやすいため、棹物はもとより、生菓子の生地などさまざまに応用されています。

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

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